花菫茶話 第九話

今日は微笑ましい初恋、そして暗転する心象風景の物語です。

並木道のイラスト(緑)

花菫茶話  第九話 「新宿御苑の心象風景」    三潴正道

 高校は高田馬場にあった。当時サッカー部のマネージャーをしていた彼女の家は渋谷、我が家は世田谷にある。


  下校時に校門で待ち合わせ、環状四号線に沿って歩いた。途中には新宿御苑があり、さらに明治神宮もある。なんともありがたいコースだ。


  ある秋の雨上がり、二人で新宿御苑を歩いていると、遊歩道の真ん中に大きな水たまりがある。避けて通るには縁石の上を歩かなければならない。


  それまで、手を握ったことはなかったが、勇気を出して手を差し伸べた。彼女の柔らかく温かい指先が私の指にそっと乗せられた。私は水たまりの中を10歩ほど歩いて、それから手を離した。手に汗がにじんだ。


  それからしばらく、どうしても手が洗えなかった。そう、大切な何かが消えてしまうような気がしたのだ。

 


 数年後、私は新宿の街にいた。空っ風が吹きすさぶ朝だった。埃りを巻き上げてビルの谷間を吹き抜ける。


  行きたい大学の受験を親に許してもらえず、反発して新宿にのめり込み、すさんだ生活をしていた。


  一夜を新宿で明かし、寒さにコートの襟を立てながら、一人うつむいて歩いていた。子犬が残飯を漁っている。急に蹴飛ばしてやりたい気持ちになった。


  「お前、俺と同じだな……」、そう思ってやめた。


  無性に新宿御苑に行きたくなり、開園時間を待って入園した。朝の御苑には誰もいない。おおきな枯葉がつむじ風に舞い上がって、カサカサ音を立てて落ちてくる。


  ぶらぶらしていると、知らぬ間に園内の西洋庭園に来ていた。


  私は顔を挙げて、立ち並ぶ木々を仰いだ。プラタナスの巨木が聳え、整然と立ち並んでいる。大地に根を張り、すっかり葉を落として黒々としたその肌はどっしりと微動だにしない。


  私は全身に衝撃を受けて立ちすくんだ。堂々とした命の営みの前では、空っ風もつむじ風も露払いにしか過ぎない。


  その時、不意に「生きよう」という思いがこみ上げた。「生きてみよう」と。三か月ほど、私の頭の中でぐるぐる回っていたある行為への思いがすっと消え、「底を打った」気がした。
  
  後年、ある写真誌で偶然、同じ季節に同じアングルから撮った西洋庭園の写真を見つけた。説明は何も書いてなかったが、私には十分だった。この写真家も、きっと私と同じ何かを感じたのだろう。


  木には精霊が宿るのだろうか。パワースポットばやりのこの頃だが、冬の新宿御苑は確かに私にとってパワースポットだったのかもしれない。