今日は、今の季節にぴったり、梅雨時の思い出です。
花菫茶話 第八話「金魚印米」
ある年の梅雨頃、近くの田んぼのあぜを歩いていると、道端に一束の稲の苗が落ちていた。辺りを見回すと、お百姓さんが土手に腰を掛け、タバコをふかしている。
「ここに苗が落ちていますよ」
声をかけると、
「ああ、それは余ったから捨てたんだよ」
と言う。私は咄嗟に聞いた。
「えっ、もういらないんですか。じゃあ、もらってもいいですか」
「ああ、持ってきな」
私は苗を片手に家路を急いだ。さてどうしようかと思案に暮れながら……。
かえって家内に相談すると、余った発泡スチロールの箱があると言う。それはいい、とすぐさま準備に取り掛かり、庭の畑の土を入れ、水を張ってから田植えをした。
翌日、様子を見ると、元気に陽射しを受けている。ほっとしたが、驚いたのは水の減る速さだ。稲の蒸散作用がこんなに活発だとは想像外で、一日でも水の補給を忘れると、もう土が見えてくる。
しばらくして新たな問題が出来した。ボウフラが発生し始めたのである。薬をまくわけにもいかない。思案の挙句、そうだ、と金魚を買いに行き、三匹ほど赤い金魚を入れてみた。
結果は大成功、二匹は途中で死んだが、残った一匹が元気に泳ぎ回り、せっせとボウフラを食べてくれた。金太郎はけっこう野生児で、金魚のくせに、足音が聞こえるとさっと稲の根元に隠れ込む。

合鴨農法ならぬ合金農法は、フンが栄養にもなったようで、稲はすくすくと育ち、秋にはたわわに実って、黄金色の穂が頭を垂れた。
さあ、収穫だ!
サクサクと刈り入れた稲はそのまま軒下に吊るして天日干しにした。
そこで新たな問題が生じた。どうやって精米しようか。何せ収穫量はどんぶりいっぱいだけ、お米屋さんに頼むのはいかにも恥ずかしい。相談して一計を案じた。
私がすり鉢でもみ殻を優しく擦り落とし、横から家内がドライヤーでそれを吹き飛ばす。この方法はことのほかうまくいき、見事に一椀のお米が取れた。
いよいよ試食会。たった一椀のお米を家族五人で一口ずつ食べ、素直に驚いた。
「天日干しのお米ってこんなにすごいんだ!」
自分が作ったから、という点を差し引いても実に美味しい新米の味だった。
毎年苗が手に入る偶然はない。「金魚印米」はこの年だけの出来事だったが、我
が家の大事な思い出になった。
金太郎はどうしたって? この最大の功労者は、大学構内の池で余生を全うしたことでしょう。ありがとう、金太郎!
