花菫茶話 第七話

今日はコロッケのお話です。肉屋さんのコロッケ、おいしいですよね。

学生にコロッケを買って食べさせるくだりがありますが、

私が学生だった頃は三潴先生もまだお若かったので、かんぴょう巻きを一本だけ買ってくださって、四、五人が一口ずつ分けて食べるというのが習慣でした。

おうちではかわいいお子さんたちが、お父ちゃまの帰りを待っていらっしゃいました。

料理の「揚げる」のイラスト(コロッケ)

 

花菫茶話 第七話「温かいコロッケ」    三潴正道

 

 高校ではサッカー部に入った。そのころサッカーはまだマイナーだったが、ドイツからクラマー氏がやってきて日本のサッカー界に近代サッカーを教え込んだ。漸く釜本や杉山が活躍し出したころである。


 北風に凍えそうな冬の日、練習が終わると、サッカーパンツをはいたまま地べたに座り、友達と凍えながらボールを磨いた。


 漸く片付けを済ませ、帰途に就く。寒いし、腹ペコだ。幸い、高田馬場に向かう途中、神社の前に一軒の肉屋があった。コロッケを売っている。


「おばちゃん、コロッケ2個」
「アレアレ、練習の帰りかい。遅くまでご苦労さん。そう、新しいのを揚げよう」


 そう言うと、手早くコロッケを揚げ、ソースをかけて渡してくれた。
  アツアツのコロッケをフーフーと食べた。ソースの香りが体に染み渡った、その美味しかったこと。


 結婚して子供がまだ幼かったころ、夕方になるとよく子供を自転車に乗せ、近くのマーケットへ買い物に行った。買い物のたびに子供たちはしきりに「一緒につれてって」とせがむ。それには下心があるのだ。 


 マーケットの肉屋さんとは大の仲良し、そこのアツアツのコロッケやメンチカツが何ともうまい。私が行くと、おばさんは待ってましたと店の横のテーブルにすぐティッシュの箱を置き、私がボトルキープしている中濃ソースを置いてくれる。そこで食べる揚げたては絶品だ。


 いつしかこの秘密が子供たちにばれてしまった。子供たちには、「今日コロッケを食べたのはお母ちゃまに内緒だよ」とくれぐれも念を押すのだが、後で聞くと、家に帰った子供たちはすぐ家内のところに行き、


「あのね、あのね、お父ちゃまとコロッケ食べたの。でも、これは内緒なの」とソースの匂いをさせながら報告したそうである。


 50歳も過ぎたころ、東武練馬にある大東文化大学に出講したことがあった。5時間目だが、幸い十人余りの学生が履修してくれた。授業が終われば辺りは夕暮れ、学生たちはお腹がペコペコだ。


  幸いなことに、駅のすぐ近くに肉屋があった。おいしいコロッケを売っていて、夕暮れ時は客が絶えない。


 いつしか、そこでもソースをボトルキープして、毎回学生たちを5、6人連れ、揚げたてを立ち食いするのが通例となった。コロッケを食べながら様々な話に花を咲かせる。客のおばさんたちもニコニコと見守ってくれていた。


  体を温めてくれ、心も温めてくれる。まさにコロッケは「ソウルフード」だった。