第三話は、百歳をこえる長寿でいらっしゃった母上に関するお話です。

花菫茶話 第三話「ミミズの煎じ薬」 三潴正道
スマホを見ていたら、偶然、「ミミズ一風散」という文字が目に留まった。解熱剤に使うという。それで、はた、と思い出した。子供のころ、よく母に「正道、ミミズとってきて!」と言われたことだ。あれは多分、「病気の問屋さん」とあだ名されていた病弱な弟の熱さましだったのだろう。
手の付けられない腕白坊主で、さんざん母を心配させた私は、ミミズとりに限らず、よく母の手伝いをさせられた、というより、実はそれが何よりうれしかった。
縁側で陽の光を浴びながら一緒に土筆ん坊の袴を取ったこと、蕗の筋を取ったこと、手に棘を刺しながら、刈り込んだ山椒の枝から葉を採ったこと、春になるたびよく思い出す。母はそのたびにいつもこう言った。
「正道が助けてくれるから、本当にありがたいわ」
父に叱られっぱなしだった私は、その言葉にどれだけ慰められたことだろう。
認知症がひどくなり、老人ホームに入ったころ、俗にいう「まだらボケ」だった母が突然、
「正道、今、何をしているの?」
と聞いた。おや、俺がわかるのか。と思いつつ、 「大学で先生をしているよ」
と言った。すると、母は大きくのけぞり、
「正道が大学の先生!へー、驚いた、驚いた」と手を打ち、ガバッと机に突っ伏した。
それから急に立ち上がると、私の手を引いて共用スペースに行き、
「皆さん、この子が、この子が大学の先生になったんですって!」と言って回った。
「こんなにも心配してくれていたのか……」
ホームに暇を告げ、玄関を出てバス停に向かった。
振り返ると、認知症のはずの母が、二階の窓で背伸びをし、大手を広げ振っている。そう、何度も何度も……。
そんな母の姿が次第に滲んで霞んで見えた。