花菫茶話  第一話「一本の小菊」三潴正道

五月待つ

 祖母は私が高校生の時に亡くなった。20歳代で日清戦争、30歳代で日露戦争、40歳代で第一次世界大戦、60~70歳代で第二次大戦、その間に、息子一人と夫を病気で失った。


  終戦後は、麻布にあった家屋敷も売り払い、平屋の一室にこもり、7人家族で共に老後を過ごした。ラジオの前でうつらうつらしながら浪曲を聞くのが好きだった。


 ある春の日、祖母が小菊の枝を一本、手に持って帰って来た。聞けば、アスファルトの路上で息絶え絶えだった、ということである。勿論、まだ花はない。いや、根もないのである。


 「おばあ様、それどうするの」、小学生だった私が不思議そうに尋ねると、
  「ここに挿しておくんだよ」と、大きな庭石の背後にその枝を挿し込んだ。


 それから数カ月、私は小菊のことをすっかり忘れていた。


 ある秋の日、明るい日差しが庭を照らしていた。ふと見ると、黄色い花をたくさんつけた小菊が、ふさふさと懸崖のように庭石にもたれかかっている。 


 「あれ、こんなところに小菊があったっけ」


 私の頭に数カ月前のことが蘇った。まさか、あの小菊が……。


 挿し木に夢中になったのはそれからである。様々な木を試してみた。挿し木では着くはずのないサクラが根付いたこともあった。しかし、いずれの場合も祖母が拾ってきた小菊が咲いた時ほどの感動は味わえなかった。


 祖母が逝ったその秋も、小菊は見事に花を咲かせていた。
  赤トンボが一匹、羽を休めていた。