筆者前言
これから、当会の創立者であり現在の名誉会長である三潴正道麗澤大学名誉教授のエッセイ「花菫茶話」を、不定期に連載していきます。
今日は、なぜ「花菫」なのか、その由来となったエッセイをご紹介します。
(下の写真は残念ながら麗澤大学ではなく、東村山市にある全生園の桜を今年筆者が撮影したものです)

スミレ物語 三潴正道
毎年春サクラが咲き誇るその時期に、申し合わせたようにスミレが花を咲かせます。
麗澤大学はサクラの名所としても知られていますが、そのサクラ並木でも、毎年サクラの根元に沢山のスミレが咲きます。
しかし、行き交う人はともすればサクラにみとれ、スミレには気がつきません。時には踏みつけてしまうヒトさえいます。
その上、サクラは数日で散り始めます。花びらが地上に散り敷き、おかげでスミレの花はまったく目立たなくなります。それを目の当たりにし、スミレの気持ちを思い、毎年やりきれない気持ちで一杯でした。
ある年、一本の枯れたカエデの洞にスミレが芽吹きました。地上八尺はあるでしょう。実に誇らしげに花をつけていました。
「まあー珍しい!」行き交う人も目に留めます。もうサクラの花にもヒケを取りません。
三年過ぎたある日、強風が吹き、朽木はドウと倒れました。洞は木っ端微塵に砕け、スミレも地上に投げ出されて、八尺を超える根があらわになりました。
思うに必死に地上から養分を吸い上げていたのでしょう。しかし、所詮は他力本願だったのです。
翌年、朽ち木のあった根元に沢山のスミレが咲きました。あのスミレの子供たちです!
散り敷いたサクラの花びらが雨に消えても、スミレは逆にしっとりと色鮮やかに咲き誇り、人々の目を惹きつけました。
絢爛と咲き誇り、惜しげもなく散っていくサクラの花も素晴らしいのですが、地上のスミレのように地道に力強くしっかりと根を張る息の長い命もまた素晴らしい。
その上でそれぞれが自分なりの咲かせかたをできればなんと素晴らしいことでしょう!
