道教と忍者⑫

忍者ブームの変遷と忍術イロイロ④

   

   

 

「視覚的なインパクト」と言えば、やはり映画の他にマンガがあるでしょう。「
忍者ブーム」分析においても、一連の忍者マンガが対象に挙げられています。
 その際に良く代表的作家として肯定的に挙げられるのは、白土三平と横山光輝な
のですが、それは大正の「立川文庫」の流れをくむ忍者マンガと異なり「リアルで
重いテーマ」や「体術としての忍法」をメインに据えた作品として評価されるため
です。
 例えば、秋田孝宏は、それまでの猿飛佐助などの忍者を「何でもできるスーパー
ヒーロー」とし、これらが登場するマンガについても「魔法のような忍術合戦」と
する一方、白土作品に登場する忍術については「魔術ではなく、厳しい訓練によっ
て身に着けた体術としての忍法」とし、「何でもあり」な忍術ではなく、科学的な
忍術を使用する点を評価すべき点として挙げ、また、重いテーマといった人間性を
重視したストーリーも評価しています。

 このような傾向は映画でも見られます。例えば、秋本鉄次は忍者映画をスパイ映
画として捉えた上で分析しているのですが、秋山はマンガ分析と同様に、忍術では
なく忍者そのものの在り方、描かれ方に注目しているため、「荒唐無稽」な忍術を
多用する映画を子供向けと切り捨てる一方、ストーリー性を重視し一応は科学的に
解釈できる「リアル」な忍術を用いる映画を大人向けとして評価しています。
大正・昭和期における「忍者ブーム」分析においては、忍者は大きく言うと時代
を反映する存在として評価されます。これは、忍者の史実的側面を重視する評価の
一つでしょう。このような評価の方向は、先で挙げた『万川集海』の作者が史実の
忍者(「忍び」)の地位の底上げを計るために「正心」等の精神性を特に強調した
り、忍者を自称する人々、例えば藤田西湖等が忍術の実践性を強くアピールしたの
と同様の方向です。つまり、彼らは「忍者ブーム」を解釈するにあたって、フィク
ションの中の存在である忍者が持っている様々なイメージから、忍術(=呪術的技
術)の使用者という従来のイメージが持つ一側面をできる限り排し、忍者とは「忍
び」という職業人である、というイメージを積極的に受け取り、評価しようとした
のです。
 しかし、本当に「忍者ブーム」発生の本質とは、社会背景の忍者への投影である
、と断定して良いのでしょうか。何故なら、忍者という単語からイメージされるの
は、現実の世界に実在したとされる「忍び」達では無く、人間離れした忍術を使用
する、主にファンタジー的世界観を持つ作品群で活躍するキャラクター達の姿だか
らなのです。

 

中島慧


主な参考文献
『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学研、2003年。