「忍者キャラクター」の原型たち①

フィクションにおける忍者には「盗むという行為」「妖術という技術」「正
義という精神性」の3つの焦点がある、と考えられます。
そして「呪文を唱えると煙とともにドロン」という忍者・忍術のイメージ形
成に大きく影響を与えたフィクションとして石川五右衛門・児雷也(自来也
)・猿飛佐助の3人が挙げられます。
石川五右衛門―「忍術」を使う泥棒の物語
実在の人間がフィクションの中で忍者に仕立て上げられた例では、石川五右
衛門が最も有名でしょう。五右衛門は釜煎りの刑で有名な泥棒ですが、その素
性が分かるような資料はほとんど存在せず、刑の執行についての記録が幾つか
あるだけです。この五右衛門が、『絵本太閤記』、浄瑠璃、歌舞伎などで、忍
術の大英雄に仕立て上げられていきます。
『絵本太閤記』は五右衛門が臨寛という異人から忍術を学び、伊賀の郷士百
地三太夫に仕えるが裏切って逃亡、京で忍術を使って盗賊になり、やがて秀吉
の命をねらう、というのが大体の筋です。歌舞伎では、並木五瓶の『楼門五三
桐』が「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金」のセリフで有名です。
フィクションにおける石川五右衛門のキャラクターの展開について、例えば
原田伴彦は以下のように整理しています。原田は、五右衛門の脚色の始まりを
十七世紀末葉元禄のすこし前頃と特定し、松本治太夫の浄瑠璃本『石川五右衛
門』をその始まりとします。『楼門五三桐』における山門の場面を挙げ、千日
鬘、太い眉、赤い隈取、黒に金銀の縫い取りの派手な衣装、銀煙管、で桜を前
に「絶景かな、絶景かな、春のながめ価千両」と言う、という演出により、以
後このイメージが五右衛門の新しい大衆的イメージとして定着したとし、芝居
で五右衛門に義賊的な性格がつけ加えられている、と分析します。原田は、石
川五右衛門のャラクターの展開について「十七世紀には放埓な強盗、十八世紀
には義賊的なものとされた五右衛門は、十九世紀になると忍者的な性格がつけ
加えられていく。」とし、忍者的な五右衛門像の始まりは『絵本太閤記』であ
ると特定、忍者モノの原型はここで創られたと考察しています。
石川五右衛門の忍者化は社会背景を背負って行われました。実在の泥棒がフ
ィクションを通じて忍者とみなされるようになったのは、史実的な忍者が持つ
「盗人の技術」という側面が、史実の石川五右衛門(推定)という泥棒の箔付
けのように機能したためである、と考えられるでしょう。
石川五右衛門はヒーロー的な忍者キャラクターですが、それは泥棒という犯
罪者を社会や権力に対する挑戦者と見なし支持する庶民の嗜好や、義賊や権力
者に対する挑戦者という脚色が、庶民の願望を満たしたためです。
中島慧
主な参考文献
原田伴彦『石川五右衛門ほか―日本史人物夜話―』時事通信社、1973年。