道教と忍者⑪

忍者ブームの変遷と忍術イロイロ③

 

    

 

現在、忍者を主人公にした作品群は、歴史・時代小説の主要な分野の一つとなっ
ていますが、それは昭和30年代後半から40年代後半にかけて、柴田錬三郎『赤い影
法師』、司馬遼太郎『梟の城』、村山知義『忍びの者』、山田風太郎『甲賀忍法帖
』など、忍者を主人公にしたエンタメ時代小説が出版されたことによって引き起こ
された特異なブームである、とされています。こちらは昭和の「忍者ブーム」です

 「忍者ブーム」は大正・昭和に2回大きなブームが起こったとされていますが、そ
れについて高山宏は「原郷喪失が忍者を生んだ」と指摘し、「戦前・戦後の様々な
メディアに繰り返し立ち現れる忍者の本質とはマニエリスム」と断言します。「メ
ディアが自らの間的なありようを忍者・忍術にそっくり仮託したとしか言いようの
ない興味津々の二つのエポックが存在する」としてそれが大正・昭和の忍者ブーム
の時代であった、と結論しています。
 高山は映画についても言及しており、そこでも忍者ものと時代との関連性につい
て指摘し「忍者もののメディア的本質はひたすらに「驚異」させるという一点にあ
り、その点でもメディアそのものの大衆刺激の欲望と、新手のびっくり技やどんで
ん返しに淫せざるをえない忍者の文芸ジャンルは全くびっくりするほど同じ構造を
持つ。つまりは、相手よりも一寸先に出る新奇な術を持たねば闇に葬り去られるし
かない忍者そのものである構造だが、時代がどこかで行き詰まりを欝々と感じて突
破と驚異とを夢見るとき、天啓のように闇から忍びが出現する」のだとし、このよ
うな点が「忍者を主題とする各メディアを一つに貫く原理」である、と断言してい
ます。
 このように、忍者ブーム分析では、忍者ブームの背景として、メディアを重要視
し、忍者とメディアとの間に共通性を見出していますが、メディアと忍者との関連
性について言及される際に、焦点があたっている、関心が向けられている点とは、
大きくいってしまえば、忍者本体よりも「忍術」でしょう。
 このような点から見ても、やはりフィクションにおける忍者・忍術の本質とは「
視覚的なインパクト」にある、と言えるのではないでしょうか。

 

中島慧


主な参考文献
『KAWADE夢ムック文藝別冊山田風太郎綺想の歴史ロマン作家』河出書房新社
、2001年。
高山宏「メディアの中の忍者学 六方手裏剣に仮託されたマニエリスム時代のトリ
ックスター」『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学
研、2003年、158~165。

道教と忍者⑩

忍者ブームの変遷と忍術イロイロ②

         

フィクションの忍者のみならず、忍者や忍術と言われてイメージされるのは
大きく分けて2通りでしょう。1つは呪術的な忍術を駆使する超常的存在とし
ての忍者、もう1つは史実的に描かれる忍者です。
フィクションにおいて忍者は小説・漫画・映画・演劇等様々なジャンルに登
場しますが、往々にして前者のイメージを持つ忍者は「荒唐無稽」「子供向け
」として評価されず、一方で後者のイメージを持つ忍者ものは「重厚なテーマ
」「大人の鑑賞に耐え得る」等の評価を受けます。これは従来の忍者・忍術研
究において史実的な戦闘者という忍者像に対する考察が重視されることで、呪
術的(宗教的)な超常的存在としての忍者のイメージが軽視、排除されてきた
からでしょう。また、文学研究という面においても忍者・忍術に対しては、戦
闘者としての忍者の内面、精神性に「納得」したり、この戦闘者という性質に
、その時代ごとの読者の共鳴が呼び込めるという点に注目が置かれるため、後
者のイメージは高く評価されるのに対して、このような評価基準に外れる前者
のイメージは、それの持ち込まれる媒体が子供向けの映画や少年漫画といった
ものが多かったというのも相まって評価や考察の対象とされてこなかったので
す。
忍者ものは現在に至るまで、小説や演劇において一つのジャンルを築いてお
り、幾度かの「忍者ブーム」と呼ばれるブームに対する分析も行なわれていま
す。まず、「忍者ブーム」とは何かということですが、マス・メディアと絡め
たいくつかの考察があります。
例えば、尾崎秀樹は『大衆文学論』の中で、この「忍者ブーム」についてマ
ス・メディアと絡めて「だいたい忍術ブームは、マス・メディアの更新期に起
こる傾向がある。カブキ演出に新しい展開の見られた文化・文政期に一つのメ
ルクマールがあり、大正期を中心とする昭和にかけての一時期に、立川文庫か
ら大衆文学への忍術小説・映画の興隆があった。」と考察しています。現在言
われる「忍者ブーム」とは主に大正~昭和にかけてのものであるようです。忍
者ブームも、忍者イメージの変遷にメディアの変化が関係しているのと同様に
、メディアの文字から映像への変化と共に出現しているのです。
 また、忍者とマス・メディアとの関連性については、「忍者ブーム」はメ
ディアの擬態であるという高山宏の考察もあります。

 

中島慧
主な参考文献
尾崎秀樹『大衆文学論』講談社、2001年。
高山宏「メディアの中の忍者学 六方手裏剣に仮託されたマニエリスム時代の
トリックスター」『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリー
ズ71、学研、2003年、158~165p。

道教と忍者⑨

忍者ブームの変遷と忍術イロイロ① 

前回までで3つのキャラクターを「盗むという行為」「妖術という技術」

「正義という精神性」という焦点に合わせて紹介しました。
石川五右衛門の物語には庶民の願望が反映されていると考えられますが、こ
のキャラクターに付け加えられた忍者という要素は、盗みを行うための技術と
して忍術を用いるために必要だから付加されたのであって、忍者=庶民の味方
という発想によるものではありませんでした。忍者=庶民の味方というイメー
ジの忍者像の確立は、「立川文庫」によって猿飛佐助という新しいタイプの忍
者が創造されて以降だとされています。よって、石川五右衛門の物語の中心に
あるのはストーリー性だ、と言えるでしょう。これは、先に挙げたように「忍
者ブーム」の背景に時代性や社会性を見て、忍者はこれらの反映だと評価する
のと同様です。よって、石川五右衛門を主役に据えた物語は現在でも現代的な
解釈が当てはめられるため機能すると言えるでしょう。
また、フィクションに登場する創作上の忍者の代表は猿飛佐助であり、この
、猿飛佐助において完成した忍者像には、一連の「ジライヤ」ものから生み出
されたイメージが大きな影響を与えていますが、肝心の「ジライヤ」ものに対
する一般的評価は低いです。それは、「ジライヤ」が非現実的な忍術(妖術的
な)に大きく依存するキャラクターであるためでしょう。主題である盗むとい
う行為に反権力を視ることで社会性を反映する石川五右衛門や、正義という内
面の強調によってキャラクターを保つ猿飛佐助とは異なり、「呪術的」な忍者
のイメージを遠ざけようとする傾向があると、そこから「ジライヤ」は「低俗
」「荒唐無稽」「子供向け」なものであるとして弾かれざるを得ないのです。
西村安弘が、「ジライヤ」を主役に据えた作品は時代が下ると消えて行った、
と分析していますが、昭和の忍者ブームは「妖術的な」忍術を「ネガティブな
」ものとして排除する傾向がありました。西村も昭和三〇年代の第二次忍者ブ
ームの到来について、「一言でまとめてしまえば、この第二次忍者映画ブーム
の基礎には、唯物論的忍者観の出現があった。」と指摘しています。
大まかに忍者イメージの変遷についていえば、総合的に見て忍者は、盗賊か
ら正義のヒーローへと変化しています。また、その過程で、幻術・妖術は忍術
に統合された、と考えられるでしょう。それには忍者が登場するメディアの(
絵草子・草双紙・読本→小説・映画→漫画・ドラマのような)文章から映像と
いった変化も関係していると思われます。

 

中島慧

主な参考文献
西村安弘「消えた児雷也」『芸術世界』14、2008年、1∼6p。

「社畜」という言葉

最近、飛行機に乗って台湾へ遊びに行ってきました。そのとき、機内で映画『長安のライチ』(邦題)を観ました。

 

楊貴妃のために、遠く嶺南からライチの実を長安まで運ぶ仕事を仰せつかった小役人の奮闘を描いた作品(2025年、大鵬監督)です。

ライチの実

その映画の紹介を繁体中国語バージョンで読んだら、締めくくりがこんな感じでした。

「(昔の官僚の、現代人と同じ)社畜人生を描き出している」

 

「社畜」という日本語はイヤな言葉ですが、中国の若者が使っているのを見たこともあり、こうして台湾の航空会社も使っておりというわけで、すっかり中国語に溶け込んでいるといえましょう。

 

社畜か、寝そべりか。若者はどこでも、究極の選択を迫られているのでしょうか。

 

映画の主人公の奮闘は面白おかしく描かれていますが、ペーソスというにとどまらない、深い悲しみがにじんでいました。春節恒例のお笑い映画ですが、それにしては重たい感想を抱きました。

 

付け加えると、主人公の小役人は仕事柄とても数学ができるのです。

数学能力と実証が身を助けることがあるのだな、などと、数学、いや算数すらあまりにもできない筆者はくだらない感慨にふけったことでした。

道教と忍者⑧

「忍者キャラクター」の原型たち③

         

猿飛佐助―「正義」の忍者の完成
現在、忍者の代表格とされるのは猿飛佐助でしょうが、猿飛佐助はジライヤ
から誕生したキャラクターです。「悪の主人公」としてスタートしたジライヤ
が物語進行の都合上、「なし崩し的に」正しくなるのに対して、猿飛佐助は最
初から「正義の主人公」として存在する忍者キャラクターです。
猿飛佐助は『立川文庫』という子ども向けジャンルの中で生まれました。ジ
ライヤとは異なり、最初から子どものために作られたキャラクターだったので
す。よって、その属性は子ども向け読物の主人公に相応しく「善」「正義」で
なければいけませんでした。そのために、猿飛佐助の物語には読者の(子ども
の)「正義感」と矛盾しないような「正統性」が与えられ、かつ猿飛佐助は「
善」で「正義」に相応しい内面を持つ主人公である、といったことが分かるよ
うな描写が繰り返されます。佐藤忠男によれば、猿飛佐助は子どもに大人気だ
ったジライヤから、盗賊などといった子どもに相応しくないとされる要素を抜
いて作り出された正義の士、「お子様向け改良版」ジライヤである、とのこと
です。佐藤は、猿飛佐助を誕生させたのは松之助と同時代に非常に人気のあっ
た大衆児童文化である立川文庫とそれに追随した小型の児童向け講談本である
としながら、『猿飛佐助』とその多くのバリエーションを生んだ立川文庫とそ
の亜流が、尾上松之助や澤村四郎五郎の映画化との相乗効果で1920年前後に児
童大衆文化の主流になった、と結論しています。
主君への忠義を大切にする猿飛佐助は、武士的なキャラクターに「忍術」を
プラスした存在として、それまでの後ろ暗い「忍び」や「忍術使い」とは大き
く異なる新しい「正義の忍者」というキャラクター形成を成功させました。
そして、この「正義の忍者」という概念により、架空の、子ども向けジャン
ル発祥のキャラクターであるにも関わらず猿飛佐助は、長い間忍者ものの中心
で生き残ってこられた、と考えられるのではないでしょうか。なぜなら、忍術
(妖術)の使用にキャラクターの個性の大部分を依存する「ジライヤ」とは異
なり、猿飛佐助は、猿飛佐助的な要素例えば「武士」「忠義」「正義」などの
要素を持たせれば、ストーリーの方向性に関わらず「忍者キャラ」として登場
させることができたからです。

 

中島慧

主な参考文献
『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学研、2003
年。
吉丸雄哉「猿飛佐助と忍者像の変容」『忍者の誕生』勉誠出版、2017年。
佐藤忠男『増補版 日本映画史Ⅰ』岩波書店、2006年。

道教と忍者⑦

「忍者キャラクター」の原型たち②

 

       

 

ジライヤ―忍者になった「妖術」使い
「ジライヤ」は石川五右衛門とは異なって、完全に架空のキャラクターで「
妖術使い」ものに位置付けられます。現在の忍者の「印を結び呪文を唱えドロ
ン」といったイメージはジライヤによって出来上がりました。
江戸末期に妖術師として読本や歌舞伎に登場したジライヤは、簡単に言えば
「悪の主人公」です。盗賊が蝦蟇の仙人から蝦蟇の妖術を伝授され妖術使いと
なって活躍します。ジライヤは後に忍者となりましたが、そこには近代になっ
て流行した映画(活動写真)が大きく影響しています。
例えば、川口素生はジライヤについて、忍者が術を繰り出す姿と酷似してい
たことから、自雷也(ジライヤ)を忍者と捉える観客、読者も少なくなかった
だろう、と推測し、さらに近現代の映画、テレビ番組では自雷也を忍者として
描く傾向が強い、と言っています。
さらに西村安弘も「旧劇 児雷也(豪傑児雷也)」の内容から、止め写しと
いう置換トリックによって隠遁の術や蝦蟇への変身が描かれたことが確認でき
る、として「歌舞伎舞台のセリやドンデンで演出していた児雷也の隠遁の術や
変身(速変わり)を、映画的なトリックに移し変えた」と分析しています。こ
のような点から、「映画ジライヤ」の「忍術」と「歌舞伎ジライヤ」の「妖術
」は互換性があり、視聴者・観客にとって重要なのは視覚的な演出(隠遁や変
身など)であったので、その根拠が「妖術」にあっても「忍術」にあっても関
係なく、両者は容易に混同した、と考えられます。
また、そこには忍者映画の主な観客であった子どもの存在が欠かせません。
子どもは忍者映画のトリックによる忍術(妖術)の演出、印を結んで呪文を唱
えるとドロンと変身したり消えたりする、といった演出を好みました。ここか
ら、呪術性の強い「忍者ジライヤ」の視覚的イメージが定着していったのです

しかしジライヤは従来の妖術使いものの流れにあります。そのため、ジライ
ヤが忍者と見なされても、ジライヤというキャラクターを「ジライヤらしく」
描写しようとするならば、そこから「妖術的な」要素を外すことはできないで
しょう。ストーリーに重心を置いて動かせる石川五右衛門や猿飛佐助とは異な
り、「ジライヤ」の中心は「妖術的な」忍術の使用にある、と考えられます。
そのために、時代性や社会性を反映する忍者には「ジライヤ」というキャラク
ターは不向きであった、と想定できます。ゆえに、ジライヤを主役とするよう
な忍者ものは時代の好みが変化するとともに無くなっていきました。

中島慧
主な参考文献
『【決定版】図説・忍者と忍術忍 器・奥義・秘伝集』歴史群像シリーズ特別
編集、学研、2007年。
西村安弘「消えた児雷也」『芸術世界』14、2008年、1∼6p。

道教と忍者⑥

「忍者キャラクター」の原型たち①

                                                            

      

 

フィクションにおける忍者には「盗むという行為」「妖術という技術」「正
義という精神性」の3つの焦点がある、と考えられます。
そして「呪文を唱えると煙とともにドロン」という忍者・忍術のイメージ形
成に大きく影響を与えたフィクションとして石川五右衛門・児雷也(自来也
)・猿飛佐助の3人が挙げられます。


石川五右衛門―「忍術」を使う泥棒の物語
 実在の人間がフィクションの中で忍者に仕立て上げられた例では、石川五右
衛門が最も有名でしょう。五右衛門は釜煎りの刑で有名な泥棒ですが、その素
性が分かるような資料はほとんど存在せず、刑の執行についての記録が幾つか
あるだけです。この五右衛門が、『絵本太閤記』、浄瑠璃、歌舞伎などで、忍
術の大英雄に仕立て上げられていきます。
『絵本太閤記』は五右衛門が臨寛という異人から忍術を学び、伊賀の郷士百
地三太夫に仕えるが裏切って逃亡、京で忍術を使って盗賊になり、やがて秀吉
の命をねらう、というのが大体の筋です。歌舞伎では、並木五瓶の『楼門五三
桐』が「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金」のセリフで有名です。
フィクションにおける石川五右衛門のキャラクターの展開について、例えば
原田伴彦は以下のように整理しています。原田は、五右衛門の脚色の始まりを
十七世紀末葉元禄のすこし前頃と特定し、松本治太夫の浄瑠璃本『石川五右衛
門』をその始まりとします。『楼門五三桐』における山門の場面を挙げ、千日
鬘、太い眉、赤い隈取、黒に金銀の縫い取りの派手な衣装、銀煙管、で桜を前
に「絶景かな、絶景かな、春のながめ価千両」と言う、という演出により、以
後このイメージが五右衛門の新しい大衆的イメージとして定着したとし、芝居
で五右衛門に義賊的な性格がつけ加えられている、と分析します。原田は、石
川五右衛門のャラクターの展開について「十七世紀には放埓な強盗、十八世紀
には義賊的なものとされた五右衛門は、十九世紀になると忍者的な性格がつけ
加えられていく。」とし、忍者的な五右衛門像の始まりは『絵本太閤記』であ
ると特定、忍者モノの原型はここで創られたと考察しています。
石川五右衛門の忍者化は社会背景を背負って行われました。実在の泥棒がフ
ィクションを通じて忍者とみなされるようになったのは、史実的な忍者が持つ
「盗人の技術」という側面が、史実の石川五右衛門(推定)という泥棒の箔付
けのように機能したためである、と考えられるでしょう。
石川五右衛門はヒーロー的な忍者キャラクターですが、それは泥棒という犯
罪者を社会や権力に対する挑戦者と見なし支持する庶民の嗜好や、義賊や権力
者に対する挑戦者という脚色が、庶民の願望を満たしたためです。

中島慧


主な参考文献
原田伴彦『石川五右衛門ほか―日本史人物夜話―』時事通信社、1973年。