道教と忍者⑦

「忍者キャラクター」の原型たち②

 

       

 

ジライヤ―忍者になった「妖術」使い
「ジライヤ」は石川五右衛門とは異なって、完全に架空のキャラクターで「
妖術使い」ものに位置付けられます。現在の忍者の「印を結び呪文を唱えドロ
ン」といったイメージはジライヤによって出来上がりました。
江戸末期に妖術師として読本や歌舞伎に登場したジライヤは、簡単に言えば
「悪の主人公」です。盗賊が蝦蟇の仙人から蝦蟇の妖術を伝授され妖術使いと
なって活躍します。ジライヤは後に忍者となりましたが、そこには近代になっ
て流行した映画(活動写真)が大きく影響しています。
例えば、川口素生はジライヤについて、忍者が術を繰り出す姿と酷似してい
たことから、自雷也(ジライヤ)を忍者と捉える観客、読者も少なくなかった
だろう、と推測し、さらに近現代の映画、テレビ番組では自雷也を忍者として
描く傾向が強い、と言っています。
さらに西村安弘も「旧劇 児雷也(豪傑児雷也)」の内容から、止め写しと
いう置換トリックによって隠遁の術や蝦蟇への変身が描かれたことが確認でき
る、として「歌舞伎舞台のセリやドンデンで演出していた児雷也の隠遁の術や
変身(速変わり)を、映画的なトリックに移し変えた」と分析しています。こ
のような点から、「映画ジライヤ」の「忍術」と「歌舞伎ジライヤ」の「妖術
」は互換性があり、視聴者・観客にとって重要なのは視覚的な演出(隠遁や変
身など)であったので、その根拠が「妖術」にあっても「忍術」にあっても関
係なく、両者は容易に混同した、と考えられます。
また、そこには忍者映画の主な観客であった子どもの存在が欠かせません。
子どもは忍者映画のトリックによる忍術(妖術)の演出、印を結んで呪文を唱
えるとドロンと変身したり消えたりする、といった演出を好みました。ここか
ら、呪術性の強い「忍者ジライヤ」の視覚的イメージが定着していったのです

しかしジライヤは従来の妖術使いものの流れにあります。そのため、ジライ
ヤが忍者と見なされても、ジライヤというキャラクターを「ジライヤらしく」
描写しようとするならば、そこから「妖術的な」要素を外すことはできないで
しょう。ストーリーに重心を置いて動かせる石川五右衛門や猿飛佐助とは異な
り、「ジライヤ」の中心は「妖術的な」忍術の使用にある、と考えられます。
そのために、時代性や社会性を反映する忍者には「ジライヤ」というキャラク
ターは不向きであった、と想定できます。ゆえに、ジライヤを主役とするよう
な忍者ものは時代の好みが変化するとともに無くなっていきました。

中島慧
主な参考文献
『【決定版】図説・忍者と忍術忍 器・奥義・秘伝集』歴史群像シリーズ特別
編集、学研、2007年。
西村安弘「消えた児雷也」『芸術世界』14、2008年、1∼6p。

道教と忍者⑥

「忍者キャラクター」の原型たち①

                                                            

      

 

フィクションにおける忍者には「盗むという行為」「妖術という技術」「正
義という精神性」の3つの焦点がある、と考えられます。
そして「呪文を唱えると煙とともにドロン」という忍者・忍術のイメージ形
成に大きく影響を与えたフィクションとして石川五右衛門・児雷也(自来也
)・猿飛佐助の3人が挙げられます。


石川五右衛門―「忍術」を使う泥棒の物語
 実在の人間がフィクションの中で忍者に仕立て上げられた例では、石川五右
衛門が最も有名でしょう。五右衛門は釜煎りの刑で有名な泥棒ですが、その素
性が分かるような資料はほとんど存在せず、刑の執行についての記録が幾つか
あるだけです。この五右衛門が、『絵本太閤記』、浄瑠璃、歌舞伎などで、忍
術の大英雄に仕立て上げられていきます。
『絵本太閤記』は五右衛門が臨寛という異人から忍術を学び、伊賀の郷士百
地三太夫に仕えるが裏切って逃亡、京で忍術を使って盗賊になり、やがて秀吉
の命をねらう、というのが大体の筋です。歌舞伎では、並木五瓶の『楼門五三
桐』が「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金」のセリフで有名です。
フィクションにおける石川五右衛門のキャラクターの展開について、例えば
原田伴彦は以下のように整理しています。原田は、五右衛門の脚色の始まりを
十七世紀末葉元禄のすこし前頃と特定し、松本治太夫の浄瑠璃本『石川五右衛
門』をその始まりとします。『楼門五三桐』における山門の場面を挙げ、千日
鬘、太い眉、赤い隈取、黒に金銀の縫い取りの派手な衣装、銀煙管、で桜を前
に「絶景かな、絶景かな、春のながめ価千両」と言う、という演出により、以
後このイメージが五右衛門の新しい大衆的イメージとして定着したとし、芝居
で五右衛門に義賊的な性格がつけ加えられている、と分析します。原田は、石
川五右衛門のャラクターの展開について「十七世紀には放埓な強盗、十八世紀
には義賊的なものとされた五右衛門は、十九世紀になると忍者的な性格がつけ
加えられていく。」とし、忍者的な五右衛門像の始まりは『絵本太閤記』であ
ると特定、忍者モノの原型はここで創られたと考察しています。
石川五右衛門の忍者化は社会背景を背負って行われました。実在の泥棒がフ
ィクションを通じて忍者とみなされるようになったのは、史実的な忍者が持つ
「盗人の技術」という側面が、史実の石川五右衛門(推定)という泥棒の箔付
けのように機能したためである、と考えられるでしょう。
石川五右衛門はヒーロー的な忍者キャラクターですが、それは泥棒という犯
罪者を社会や権力に対する挑戦者と見なし支持する庶民の嗜好や、義賊や権力
者に対する挑戦者という脚色が、庶民の願望を満たしたためです。

中島慧


主な参考文献
原田伴彦『石川五右衛門ほか―日本史人物夜話―』時事通信社、1973年。

ブック&カフェそして中国語翻訳本

東京都清瀬市にて撮影

暦の上ではまさに春爛漫といってよさそうな時期ですが、東京は案外寒いです。

 

さて、当会は東京都日野市に主たる事務所を置いております。

日野市といえば、いろいろ名所名物もございますが……ごにょごにょ。

 

その日野市、南平にありますブック&カフェ、よりまし堂を訪ねてみました。

 

入りやすいお店です。ただ、入ったあとの二歩めを、書棚の方に進めれば良いのか、とりあえずテーブルの方に行けば良いのか、それとも奥にたくさんある、雑貨の方を先に見ればいいのか、ちと迷いました。

 

今回はまずテーブルに座りまして、豆乳カフェオレを注文しました。

と、目の前に『本の雑誌』が立ててあるのに気づきました。

 

久しぶりに見る『本の雑誌』です。付箋に導かれて開きますと、なんと、2026年2月号の巻頭グラビアはよりまし堂でした。

 

そんな今をときめく、よりまし堂に、できて1年たってやっと足を踏み入れたわけで、少し我が身が情けない。

 

なめらかな豆乳カフェオレを味わいながら、さらに『本の雑誌』を読み進んで行きました。

ここからが本題です。

 

さきの記事で触れました、『風起隴西』のことが、伝統の「新刊めったくたガイド」、小川正執筆の部分に載っていたのです。

 

小川は、時代と地理を把握するために年表と地図帳を用意し、一ヶ月以上をかけて、『風起隴西』を丁寧に読み込んだそうです。すばらしい態度ですね。

 

たしかに、三国志といっても赤壁の戦いの後は何がなにやら分かりませんし、蜀の地理もぜんぜん知りません。パンダがいるところでしょう、あと大地震がありました。それぐらいです。

 

私は、こういう推理モノを夢中で読んだあと、「で、誰が犯人だったの?」と思うようなぼんくらですが、小川を見習って調べながら読んでみたら、わたしにだってよく理解できるはず。

 

いえ、ドラマは最終回で複雑になってしまいましたが、本の方は、誰がラスボスだったのか、ちゃんとわかるようになっておりました。恐れずに、皆さん読んでみてください。

 

作者馬伯庸つながりで書き添えますと、今度は『両京十五日』(全4巻)の翻訳が、この2月から4ヶ月連続で出るそうです。

 

今日、1巻を読み終えて本屋に走って行き、2巻ありますかときいたら、「明日入荷」という答えでした。明日も本屋へGOですね。

 

あ、よりまし堂の話でした。よりまし堂で次に買う本は、『またの名をグレイス』と決めています。

 

添添ちゃんのレベル講座④解答解説編

今日も頑張ろう

今回の問題は以下の一文でした。ちなみに、レベル講座では必ず一文のみ出題するようにしています。

 

・相比前4代移动通信技术,5G最重要的变化是从面向个人扩展到面向产业。

 

 

まず、模範解答です。

 

これまでの4世代のモバイル通信技術に比べ、5Gの最も重要な変化は、対象が個人向けから産業向けに拡大されたことである。

 

対応させて示しますと、

 

①相比前4代移动通信技术,→これまでの4世代のモバイル通信技術に比べ、

 

5G最重要的变化是→5Gの最も重要な変化は、

 

面向个人→対象が個人向けから

 

④扩展到面向产业。→産業向けに拡大されたことである。

 

こうなります。中国語から日本語に訳す場合、混乱しないで済むコツは、頭から順番に訳すことです。たまには英語みたいにひっくり返さなくてはならないときもありますが、できる限り頭から順に訳すといいですね。

 

①の部分では、いきなり”相比”ときていますので、何と比べているのかをつかみましょう。何を比べているのかは、まだ考える必要なし。②で自ずから明らかになります。

 

②の部分で主語が出てきます。”是”の前の部分がそうです。主語がわからなくなりがちなので、主語には何かマークをつけましょう。

 

③前置詞”从”がありますから、どこから始まっているのかおさえます。この一文字も、印をつけておきましょう。

 

④”扩展”は拡大することですが、これに”到”がついていますね。”从”を受けているのがこの”到”です。これもマークして”从”と結んでおきます。

 

②でマークした主語の動詞が”扩展”ですから、動詞マークを適宜つけて、主語マークと結びます。「何がどうする」のかがつかめました。「拡大する・した」だと日本語として変なので、「拡大された」と受身形にしたテクニックをご覧あれ。

 

後半部分で「何これ?」となるのは、

 

从面向个人扩展到面向产业

 

と、”面向”が二回出てくるところではないでしょうか。そうです。これぞ中国伝統の「対句」というやつです。

 

ま、これぐらいならわかりやすいですよね、どちらも「向け」と訳しておけば問題ありません。

 

 

こんな感じで訳していけば、もっと長い文でも怖くないですよ。あとは、語句の意味用法を真面目に調べれば満点がとれます。

 

レベルって、本当に面白いですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

添添ちゃんのレベル講座④

添添ちゃん

让你们就等了! 我回来了!

 

今日はいよいよレベル4です。

以下の文を訳してみてください。

 

相比前4代移动通信技术,5G最重要的变化是从面向个人扩展到面向产业。

 

2020年の問題です。

 

今年日本ではガラケー文化を支えた3Gが廃止になるそうですね。

 

中国では、いきなりスマホ(智能手机)を持つ人が多く、ガラケー時代はなかったといいます。

むしろ、今たんに”手机”といったら誰もがスマホを思い浮かべるでしょう。

 

模範解答と解説は、またしばらくしたらここで公開します。お楽しみに!

 

本会の「中国ドラマ愛好会」

いろいろな色の巻物のイラスト

わが日中翻訳活動推進協会にも、「中国ドラマ愛好会」があります。

 

去年は、会の中の座談会として11人のメンバーが集まり、中国ドラマについてアツく語り合ったんです。

 

今日は、そのとき取り上げられた作品を時代劇の部のみご紹介します。

現代ドラマは次回にいたします。

 

①『琅琊榜』  ②『夢華録』  ③『明蘭~才媛の春~』  

④『陳情令』  ⑤『三国志~司馬懿 軍師同盟』

⑥『風起隴西』 ⑦『山河令』  ⑧『長安二十四時』

⑨『如懿伝』  ⑩『瓔珞』   ⑪『後宮の諍い女』

 

ううう、漢字変換がたいへんだった。『山河令』大好き。

 

 

ところで、みなさまは、中国語を日本語に訳すとどうしても難しい字が増えてしまう、その難しい字を書きたいとき、どのようにしていらっしゃいますか。

 

私は、日本語入力にATOKを使用しているので、文字パレットを呼び出して入力しています。漢字をパーツに分けてどんどん入れていくと、読めない字でもみつかるのがすばらしいです。

 

あるいは、いっそ中国語、繁体モードにして《琅琊榜》とか書くというのが、速いことは速いですね。ピンインモードで入力する場合、発音も確認できて一石二鳥。

 

前の記事で言及した『琅琊榜』と『後宮の諍い女』が、この座談会でも語られていて、やっぱり人気のある作品なのだなと思いました。

 

閑話休題、

ここで一言付け加えたいのは、⑥『風起隴西』のことです。

 

今年のお正月に、NHKで放送しましたから、ご覧になった方も多いはず。全国の陳坤ファンのみなさま、重厚な演技がよかったですよね(☆。☆)

 

私は二年前、陳坤見たさにこのドラマをサブスクで観ました。それで、あまりにも複雑なストーリーが理解できなかったので、本を買って読もうとしました。まだ訳本が出ていなかったので中国語の分厚い本を買い、しかも焦って二度クリックしたらしく、同じ本を二冊買ってしまいました。

 

それで読み始めたのですが、なんかドラマと違う話のような? と思ったところで積ん読の山に本をおいたのです。

 

お正月のドラマ放映に先だつこと半年、早川ミステリが訳本を出していました。齋藤正高訳。原作者馬伯庸の本は、大抵この方が訳しているんですね、滑らかな日本語になっていて、しかも三国時代の雰囲気も漂う、素晴らしい訳です。

 

早川ミステリ版を読んで、「あー、やっぱりドラマと全然違う話ではありませんか、諸葛先生!」と叫びました。

 

おそらく、諸葛先生好きの人々は、書籍の結末の方が好きだと思います。先生かっこいい。しかし、原作を上回って複雑な話にした、ドラマ制作陣の意気やよしと膝を打ちたい感じもある。

 

みなさん、ぜひドラマと本を両方楽しんでみてくださいね!

 

 

 

 

 

道教と忍者⑱

カエルの神様「青蛙神」②

カエルって不気味? 

三重・伊勢市+二見興玉神社+二見蛙

 中国において「青蛙神」は多様な効能を備えた福の神でした。

 

カエルの神様、青蛙神は嫦娥とも混同されますが、月に蟾蜍が居るという伝承については、例えば橘英範が中国における月と水と蟾蜍の関係を整理しています。

 

それによると、月は死と再生の象徴であることから、冬眠する蟾蜍が月と繋がりを持ち、そして蟾蜍が水と関わる動物であったため冬眠する動物の中から蟾蜍が月の象徴とされたのだそうです。

 

月に蟾蜍が居たという『楚辞』天問や『論衡』説日等の記述、蟾蜍と水の関りを示す雨乞い用の太鼓や漏刻にある蟾蜍の飾り、詩や小説がその例として挙げられています。 

 

 

月に住む蝦蟇

 

月に住む蝦蟇も、カエルのもつ繁殖力や水の生き物という属性に向けられる期待から神聖視され、神化されたと考えられます。 

 

以前に挙げたように、日本ではカエルは神話性が低いとは言っても、蛙を神、または田の神の使者とする俗信、更に蝦蟇(ヒキガエル)を福の神、家の守り神とする俗信は日本にも存在します。 

 

しかし、日本における蝦蟇(ヒキガエル)のイメージは不吉や凶事に関わるものが強く、蝦蟇は怪異と共に語られることが多い生き物でもあります。

 

 例えば、『日本古典博物事典 動物篇』では、「蝦蟇」の章に「怪異」の項目があります。そこには『今昔物語集』を始めお伽噺『蛙の草紙』、江戸の随筆『北窓瑣談』『甲子夜話』『耳袋』『街談録』等、不気味なカエルのお話が挙げられています。 

 

どうして日本ではカエルが不気味で不吉な生き物になってしまったのか?

 

篠田知和基は、当初豊穣の神であった蛙が次第に不吉な存在とされていくことを「蛙の悪霊化」と言っています。

 

篠田はヨーロッパの例を挙げ、初期キリスト教が性的なもの、豊穣なるものを排除しようとした結果「蛙の悪霊化」が起こったと指摘しています。 

 

篠田は日本でも「蛙の悪霊化」が起こったとしています。

 

日本では身近な存在であり生殖の象徴として最初は蛙が重要な役割を果たしていたが、猿、狐、馬などが重要な役をするようになると、蛙信仰は衰退して日本では古代の蛙神が近世で蝦蟇妖怪になった。

 

「ガマの妖術使いもの」から不気味キャラへ

 

そして、このような「蛙の悪霊化」には「ガマの妖術使いもの」の流行が一役買っていたそう。 

 

ここから見ると、日本でカエルが不気味になったのはやはり、近世以降、さまざまなメディアによって広まったフィクションの影響が強いようですね? 

 

中島慧

主な参考文献 

橘英範「液体の月光―中国古典詩における月光表現管見―」『中國中世文學研究』 中国中世文学研究会 編 (44), 20-44, 2003-07。 

小林祥次郎 『日本古典博物事典 動物篇』、勉誠社、2009年。 

篠田知和基『世界動物神話』、八坂書房、2008年。