本会会員のための試験、「中日翻訳士認定試験」の話題です。なんと今回で17回めになりました。
4人の受験者があり、うち一人が合格しました。おめでとうございます!

本会会員のための試験、「中日翻訳士認定試験」の話題です。なんと今回で17回めになりました。
4人の受験者があり、うち一人が合格しました。おめでとうございます!

中国でカエルの神様といえばやっぱり「青蛙神(せいあじん)」。今でも幸運をもたらす神様としてこのカエルの置物が売られていたりします。前回、日本と中国でヒキガエルのイメージが違う例として挙げましたが、そもそもこの青蛙神とはどんなものなのか?

現在知られる青蛙神の姿は、主に、①地域限定の蝦蟇の神、その派生である金華将軍、②月の嫦娥が変化した蝦蟇の神、③仙人、劉海蟾が連れている金蟾・三足蟾という蝦蟇の神、この3パターンが合流したものですが、もともと青蛙神といえば①で、特別なヒキガエルという共通点からイメージが混同された結果、②や③も青蛙神とも言われるようになったと思われます。
①の青蛙神は主に漢江から長江、杭州といった、限られた地域で信仰されていた神様の一つで天災を予知、縁起のいい福の神、金運をもたらす神で別名金華将軍とされています。水に特に関心を示す地域でカエルの神様が生まれるのは分かりますが、金華将軍って何って思いませんか?
この金華将軍、『茶與客話』巻四に「金華」は「青蛙」が訛ったものだろう、という説があります。例えば、鈴木陽一は北方方言を基礎とする現代漢語の共通語の発音では、金華は〈jinhua〉、「青蛙」は〈qingwa〉と大きく異なるが、杭州方言では〈-in〉と〈-ing〉の区別がほとんどないこと、また〈hua〉の〈h〉音が脱落してしまうため、この二つの語彙は、声調も含めて極めて近似した音と考えてよい。
このように述べています。つまり、元々は青蛙神と金華将軍は別物です。そして『西湖遊覽志』からそもそも金華将軍は誰なのかということについても、五代十国時代の後唐で湖の水を市内に引き込み水運の便を図った曹杲という人物が水の神にされた、そして知名度が低すぎて蛙に置き替えられた、とあります。本来の金華将軍はただの人間なのでした。
金華将軍はカエルに吞み込まれてしまいましたが、青蛙神は金華将軍に派生したことで人の姿を獲得したと言えるでしょうか?
主な参考文献
『『白蛇傳』の解読補遺(1)』「人文研究 = Studies in humanities」鈴木 陽一、神奈川大学人文
学会 編 (190), 95,97-115, 2016
2025年11月、秋の大会が開催されました。
而立会では、春は総会と大会、秋は大会のみ開催しています。下の写真は大会準備の様子。大体午前10時ごろです。

ここ二年ほど、記念誌ということで、『群菫』という名の同人誌を出しています。この日、第2巻を会場参加の会員に配布しました。会場は、公民館を使用しています。
おやつの時間が待ち遠しいですが、それはまだまだ後の話。
まず、名誉会長の三潴正道による歓迎の言葉に続いて、新入会員の入会式を行いました。引き続いて、新たな当会認定翻訳士と認定上級翻訳士の認定式も行いました。
Zoom参加の会員には、このように画面に登場してもらい、画面と向き合って式を進行します。

その後、既存会員の自己紹介や連絡事項で午前中はつつがなく終わりました。
連絡事項で特筆すべきことは、このブログでもご紹介しました、而立会およびレベル講座のイメージキャラクタ発表でした。今後、本会の活動においてのみ、これらのキャラクタを使用していくことが確認されました。
🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷
午後は、みんなが楽しみにしていた、会員による座談会や発表です。
1時から行われた、「レベル40突破者にきく、中国語をどのように勉強しているか」という座談会では、やはり調べる効率がポイントとして挙げられました。
中国語専用の入力ソフト、ChineseWriterが、調べる上でも有用だという声がかなりきかれました。
Googleなどで中国語を入力できるようになって久しく、筆者自身も、もうChineseWriterは要らないのかなと思っていたのですが、実際はさにあらず。同梱の辞書から百度などのページにも飛ぶことができるので、調べものの効率が非常にアップするということでした。
筆者は大会の数日後、最新のChineseWriterを注文しました。筆者はあまり勉強をしないのですが、これを使用してPowerPointのスライドを作ってみましたら、今までの苦労はなんだったのかと思うぐらい、すいすいと作れてしまいました。
座談会の後、ちょっと一息入れてティータイムとしました。長崎在住のM会員は、いつも長崎のお菓子を大量に買ってきてくれます。ありがとう! 散財をかけて申し訳ないと胸を痛めながらも、テンションは大幅アップします。
その後、当会の会員でありつつ自立した翻訳者でもある先輩会員数名による、「AIと翻訳」というテーマでの研究・実践の発表がありました。


AIをどのように使って、どのような専門的事項を調べているか。AIにだまされそうになるのはどんなときか。各先輩の実践の分野ごとに違いつつ、共通点もたくさんありました。
トリは、会員番号4番、而立会最長不倒期間を誇るY会員の、そもそもAIはどのように翻訳を行っているのかに関する研究発表でした。
私たちは、ふとAIを擬人化して、誰か人に質問しているような気持ちになってしまいます。しかしAIは、私たちが翻訳をするときに脳内で行っていることとは全く異なるシステムで動いています。
自分はAIを擬人化しがちだ(自分が人間だから当然そうなります)ということを肝に銘じて、AIを冷静に見据え、使用していくべきだということを、深く納得しました。
午後4時半閉会、快い知的興奮を胸に、それぞれの帰途につきました。
友よ、また会いましょう。多分次は新年会ですね!
前回『万川集海』では呪術的な記載が避けられている、と書きましたが思想的な記述はあります。例えば「正心」です。『万川集海』の中でも、草紙類等に登場する忍者のイメージと同様に、忍者は、忍び込んで何かを盗んでくる者=盗賊というイメージはありました。そのために筆者は、本物の忍者は盗賊とは異なる、と主張するために、忍者には「正心」が必須であると繰り返し説きます。
『万川集海』では繰り返し「正心」について記述しています。巻第二では「それ忍の本は正心なり。忍びの末は陰(いん)謀(ぼう)佯(よう)計(けい)なり。是故に、其の心正しく治まらざる時は臨機応変の計を運(めぐ)らす事ならざるものなり。」と、忍者における「正心」の重要性が強調され、巻第三では「二字の事」として「正心」を持つべき忍者は士の一種である、としています。筆者にとって忍者は、盗賊の術と同様の技術を持っていてもあくまでも武士身分の者です。遠山敦は「正心」という言葉は朱子学修養論の『大学』の八条目の一つである、とし、「正心」とは仁義忠信を守ることであり、仁義忠信の規定や、これをどのように守るのか、という点では朱子学的な修養論がそのまま踏襲されている、として『万川集海』内において朱子学的思考が存在することを指摘しています。
『万川集海』は「正心」という単語によって、高い精神性を持った道徳的な忍者という忍者像の精製を行っています。また、忍者像の誘導は忍者・忍術の始まりについての記述でも行われており、『日本書紀』の記述から天武天皇によって用いられた「多胡弥」という人物から始まる、と主張します。
このような記述から『万川海集』では、それまでに流布され認知されてきたイメージから「正統な忍術書」に採用するに相応しいと判断されたものが抽出、集約されて記述されていると判断できます。これは筆者の立場=忍者という立ち位置からのものです。
「正心」以外にも『万川集海』に採用されている忍者・忍術イメージの中には思想的な単語が登場しています。例えば、「空」・「陰陽」・「五行」・「天命」等です。これらも好ましい忍者イメージの形成上必要な要素だったのでしょう。
更に『万川集海』が書かれた時期に常識とされていた儒教的道徳や仏教的観念を土台に筆者が忍者の理想的思想を形成した、と考えると、忍者を武士や侍の一種と規定する筆者が、儒教的道徳や仏教的観念を背景とした忍者像を形成することで忍者イメージの底上げを図った、とも想定できます。忍術書も一種の創作物ですが、作者の立場によって創造される忍者像は異なります。ここでは草双紙等に登場するような忍者は好ましくない忍者像なのでした。
2024年6月14日 中島慧
主な参考文献
遠山敦「江戸時代の忍者と武士―『万川集海』巻第二・三に見る忍者の自己規定」『忍者の誕生』勉誠出版、2017年、39~53p。
忍術書は大部分が江戸時代の創作です。目的としては、実際に「忍び」の後継を自認する者が「忍び」の価値を高めることで自らの立ち位置も高く置こう、とするものです。
忍者・忍術における一般的なイメージは多分に呪術的であり、また、その宗教的、呪術的イメージの多くは、役小角や修験道等によってもたらされ、発展していったと考えられます。しかし、忍者や忍術そのものは全くのフィクションから生まれたのでもありません。史実的な忍者である「忍び」は実際に存在した職であり、時代が下ることで「忍び」が機能しなくなっても、その後継(もしくはその自称)は存在していました。そして彼らにとって、フィクションにおける忍者のイメージは、自身を形成する要素として好ましいものでは無かったようです。
忍術書は、彼らにとって好ましい忍者のイメージを積極的にアピールする場です。忍術書は、史実的な忍者像や忍術の実態の根拠とされることも多いため、忍術書の主張する忍者・忍術とは、呪術的存在であるフィクションの忍者のイメージに対する現実的立場からの「もの言い」である、と捉えられるのではないでしょうか。
忍者・忍術研究で必ず挙げられる代表的忍術書に『万川集海』があります。「まんせんしゅうかい」または「ばんせんしゅうかい」と読みます。序の文章で忍者・忍術を軍事の重要事と捉えていることから『万川集海』は、これを積極的にアピールするのが目的と分かります。そして『万川集海』全体を通して、多く中国書籍を引用しているにも関わらず、道教の道術、仙術、『抱朴子』など道術書への言及がない点、修験道やその祖とされる役小角と忍者、忍術の関連性に対する言及がない点にも注目です。
古くからフィクションの忍者は、多く「悪」属性を持たされて登場し、その立場は悪役でなくとも脇枠でした。そこでは忍者は忍術を使うものとして描かれるが、そこで用いられる忍術はおおむね妖術・幻術と同様のものです。そして、このような忍術の源流は中国の仙術や道術に求められます。さらに、忍者の原点を求める際には、必ずといっていいほど修験道や修験道の祖とされる役小角との関係性が言及されます。修験道には道教の影響も多く見られ、用いられる呪符・呪文には『抱朴子』等道術書由来のものが数多く存在します。また、役小角は道教的な色合いの濃い人物です。
このように、忍者・忍術に言及しようとすれば、道教や修験道に触れざるを得ないはずですが、『万川集海』では、これらとの関りを避けて記述されています。
筆者の立場=忍者の立ち位置を確立させたい側からすれば、忍者・忍術にまとわりつく妖術師的イメージは不要だった、と理解できるのではないでしょうか。
2024年4月3日 中島慧
主な参考文献
忍者のイメージは修験者のイメージと重なって形成されてきました。忍者といえば九字。日本では九字の呪法は修験道を代表するものですが、修験道から発展して忍者ともかかわりの深い呪文となりました。この「型」を作ったのが修験道で用いられる「九字の法」です。
『修験道辞典』では九字は、中国道教に由来する魔除けの呪文が日本に伝わって護身呪に変化したものと定義されています。そして修験道で用いられる九字の呪法は『抱朴子』に由来するという前提があります。『抱朴子』(内篇)「登渉篇」の「入山宜知六甲秘祝。祝曰,臨兵鬭者,皆陣列前行。凡九字,常當密祝之,無所不辟。要道不煩,此之謂也。」という部分です。これは「六甲秘祝」という遁甲術の呪文とされ、入山の際に用いるべき呪法とされるものです。遁甲術とは、外敵から身を隠す、避ける、といった身を守るための術のことです。しかし修験道の九字は、主に「臨・兵・闘・者・皆・陣(陳)・烈(列・裂)・在・前」の九文字の漢字を使用する点や、それぞれの文字に対応する印・本尊がある、とされる点が『抱朴子』のそれとは異なっています。
そして、修験道の九字は感応した本尊の力によって敵を打ち据えるという、調伏を目的として行われる呪法であり、多分に積極的な攻撃性を見せています。このような点は、『抱朴子』の逃げる・隠れる・避けることを目的に行わる九字からかなり展開しています。
このような差は、超常的存在との関り方に関する前提の違いから来ているのではないでしょうか。『抱朴子』を始めとする中国道教世界観では、鬼神等の神霊は名簿によって使役できる、という考えがありますが、『抱朴子』等では、九字は使役する鬼神等による護身を目的に行われるのに対し、修験道では、九字の呪法によって感応した本尊との一体化を目指します。
宮家準によれば、修験道において九字を切るということは、九字の呪文を唱え、それぞれの印を結び、本尊(=神仏)を観念し、その神仏を通して山の霊力との一体化を図り、その力によって自身を害する怨敵を調伏することを目的とします。また、宮家は九字の呪法を行う際のアクションに注目しています。目に見える具体的で分かりやすいアクションの行使には、敵に対する積極的な攻撃の意思が窺えます。フィクションにおける忍者も九字のアクションを切っ掛けとして超常的現象を起こします。
修験道で呪文に求められるのは調伏の効果です。日本ではこの調伏の効果に、密教の想定していた個人の煩悩や悪霊等の見えないものに加え、目に見える敵に対する効果も期待されました。そしてそれが兵法書を通して忍者像が創造される過程で、忍術にも採用されたのです。

2024年1月28日 中島慧
主な参考文献
王明『抱朴子内篇校釋』中華書局出版、1980年。
宮家準「修験道における調伏の論理」『慶応義塾大学大学院社会学研究紀要』6、1966年、27~37p。
忍者・忍術研究において、忍者・忍術の超常性は宗教的なものとの関連から語られることも多く、その際に必ず引き合いに出されるのは、修験道です。修験道を忍術の源流と見るのは通説、とされています。
忍者と修験道の関係について例えば豊嶋泰國は、山伏=山岳修行者は山を舞台に活動することで特殊な技術や呪力を身に付けるが、忍者集団の発生地である伊賀や甲賀なども山が活動の中心地で、修験の行場は忍術集団の活動地と重なるため、忍者集団もこのような場所で特殊な忍術を身に付けたに違いない、と断言していたりします。
日本の修験道は、在来の山岳信仰や神祇信仰、外来の仏教、道教が習合してできた大衆的な宗教とされ、呪験への期待によって民間に浸透しました。外来の影響としては仏教、特に密教のものが注目されますが、修験道には道教の要素も強く影響を与えています。
道教の宗教的展開の無かった日本では、山中修行者として修験道の行者、山伏等が仙人と混同、同一視されましたが、そこで求められるものも呪術性です。修験道における呪術は、修験者、行者、山伏等によって行使される、と想定されています。一般大衆は、修行者が身に付けた超常的能力によって現世利益がもたらされることを期待したのです。
道教の呪術性は日本の修験道にも積極的に取り込まれている、と前回も書きましたが、呪術性は忍者イメージの大部分を占める要素です。
忍者は、フィクションの中で印と呪文(真言)を用いて不可思議な超常現象を引き起こす存在としてそのイメージを固めています。印を結んで呪文を唱えると変身する、消える、飛行する等がそのイメージの代表です。その際に多く用いられる印や呪文は、修験道の代表的呪法である九字の呪法です。九字の呪法とは簡単に言えば、道教に由来する魔除けの呪文です。フィクションにおいては、九字の描写があれば超常現象が引き起こされます。大衆が忍者に対して、呪術的な超人というイメージを持ち、また、そういった存在であることを期待したためでしょう。忍者とは呪術的存在による超現実的な問題解決を肯定的に夢想した一つの完成形なのです。日本では修験道を介した道教的呪術が忍者のイメージ形成の一要素を担っています。
ちなみに、下出積與は日本に流伝してきた呪術で、日本側が歓迎した道教の方術は禁呪と符籙が中心だ、と指摘しています。禁呪は、災いを避けたり長生きするために必要な禁忌、おまじないを指し、符籙は、禁呪を具体的な物の形であらわしたもので、後のお守りやお札に当たり、これらは人間の自己保全の本能にぴったり合致したため、日本でもあちこちの文化に溶け込んだのだそうです。超常を呼ぶお札や巻物はフィクションでも忍者が使うアイテムとしてお馴染みですね。

2023年10月16日 中島慧
主な参考文献
『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学研、2003年。