道教と忍者―忍術書と呪術の微妙な関係①―

忍術書は大部分が江戸時代の創作です。目的としては、実際に「忍び」の後継を自認する者が「忍び」の価値を高めることで自らの立ち位置も高く置こう、とするものです。

忍者・忍術における一般的なイメージは多分に呪術的であり、また、その宗教的、呪術的イメージの多くは、役小角修験道等によってもたらされ、発展していったと考えられます。しかし、忍者や忍術そのものは全くのフィクションから生まれたのでもありません。史実的な忍者である「忍び」は実際に存在した職であり、時代が下ることで「忍び」が機能しなくなっても、その後継(もしくはその自称)は存在していました。そして彼らにとって、フィクションにおける忍者のイメージは、自身を形成する要素として好ましいものでは無かったようです。

忍術書は、彼らにとって好ましい忍者のイメージを積極的にアピールする場です。忍術書は、史実的な忍者像や忍術の実態の根拠とされることも多いため、忍術書の主張する忍者・忍術とは、呪術的存在であるフィクションの忍者のイメージに対する現実的立場からの「もの言い」である、と捉えられるのではないでしょうか。

忍者・忍術研究で必ず挙げられる代表的忍術書に『万川集海』があります。「まんせんしゅうかい」または「ばんせんしゅうかい」と読みます。序の文章で忍者・忍術を軍事の重要事と捉えていることから『万川集海』は、これを積極的にアピールするのが目的と分かります。そして『万川集海』全体を通して、多く中国書籍を引用しているにも関わらず、道教の道術、仙術、『抱朴子』など道術書への言及がない点、修験道やその祖とされる役小角と忍者、忍術の関連性に対する言及がない点にも注目です。

古くからフィクションの忍者は、多く「悪」属性を持たされて登場し、その立場は悪役でなくとも脇枠でした。そこでは忍者は忍術を使うものとして描かれるが、そこで用いられる忍術はおおむね妖術・幻術と同様のものです。そして、このような忍術の源流は中国の仙術や道術に求められます。さらに、忍者の原点を求める際には、必ずといっていいほど修験道修験道の祖とされる役小角との関係性が言及されます。修験道には道教の影響も多く見られ、用いられる呪符・呪文には『抱朴子』等道術書由来のものが数多く存在します。また、役小角道教的な色合いの濃い人物です。

このように、忍者・忍術に言及しようとすれば、道教修験道に触れざるを得ないはずですが、『万川集海』では、これらとの関りを避けて記述されています。

筆者の立場=忍者の立ち位置を確立させたい側からすれば、忍者・忍術にまとわりつく妖術師的イメージは不要だった、と理解できるのではないでしょうか。

2024年4月3日 中島慧

主な参考文献

中島篤巳訳註『完本万川集海』、国書刊行会、2015年。

道教と忍者―忍者はなぜ「九字」を切る?―

忍者のイメージは修験者のイメージと重なって形成されてきました。忍者といえば九字。日本では九字の呪法は修験道を代表するものですが、修験道から発展して忍者ともかかわりの深い呪文となりました。この「型」を作ったのが修験道で用いられる「九字の法」です。

修験道辞典』では九字は、中国道教に由来する魔除けの呪文が日本に伝わって護身呪に変化したものと定義されています。そして修験道で用いられる九字の呪法は『抱朴子』に由来するという前提があります。『抱朴子』(内篇)「登渉篇」の「入山宜知六甲秘祝。祝曰,臨兵鬭者,皆陣列前行。凡九字,常當密祝之,無所不辟。要道不煩,此之謂也。」という部分です。これは「六甲秘祝」という遁甲術の呪文とされ、入山の際に用いるべき呪法とされるものです。遁甲術とは、外敵から身を隠す、避ける、といった身を守るための術のことです。しかし修験道の九字は、主に「臨・兵・闘・者・皆・陣(陳)・烈(列・裂)・在・前」の九文字の漢字を使用する点や、それぞれの文字に対応する印・本尊がある、とされる点が『抱朴子』のそれとは異なっています。

そして、修験道の九字は感応した本尊の力によって敵を打ち据えるという、調伏を目的として行われる呪法であり、多分に積極的な攻撃性を見せています。このような点は、『抱朴子』の逃げる・隠れる・避けることを目的に行わる九字からかなり展開しています。

このような差は、超常的存在との関り方に関する前提の違いから来ているのではないでしょうか。『抱朴子』を始めとする中国道教世界観では、鬼神等の神霊は名簿によって使役できる、という考えがありますが、『抱朴子』等では、九字は使役する鬼神等による護身を目的に行われるのに対し、修験道では、九字の呪法によって感応した本尊との一体化を目指します。

宮家準によれば、修験道において九字を切るということは、九字の呪文を唱え、それぞれの印を結び、本尊(=神仏)を観念し、その神仏を通して山の霊力との一体化を図り、その力によって自身を害する怨敵を調伏することを目的とします。また、宮家は九字の呪法を行う際のアクションに注目しています。目に見える具体的で分かりやすいアクションの行使には、敵に対する積極的な攻撃の意思が窺えます。フィクションにおける忍者も九字のアクションを切っ掛けとして超常的現象を起こします。

修験道で呪文に求められるのは調伏の効果です。日本ではこの調伏の効果に、密教の想定していた個人の煩悩や悪霊等の見えないものに加え、目に見える敵に対する効果も期待されました。そしてそれが兵法書を通して忍者像が創造される過程で、忍術にも採用されたのです。

2024年1月28日 中島慧

主な参考文献

宮家準編『修験道辞典』東京堂出版、1986年。

王明『抱朴子内篇校釋』中華書局出版、1980年。

宮家準「修験道における調伏の論理」『慶応義塾大学大学院社会学研究紀要』6、1966年、27~37p。

 

道教と忍者―修験道との関係について―

忍者・忍術研究において、忍者・忍術の超常性は宗教的なものとの関連から語られることも多く、その際に必ず引き合いに出されるのは、修験道です。修験道を忍術の源流と見るのは通説、とされています。

忍者と修験道の関係について例えば豊嶋泰國は、山伏=山岳修行者は山を舞台に活動することで特殊な技術や呪力を身に付けるが、忍者集団の発生地である伊賀や甲賀なども山が活動の中心地で、修験の行場は忍術集団の活動地と重なるため、忍者集団もこのような場所で特殊な忍術を身に付けたに違いない、と断言していたりします。

日本の修験道は、在来の山岳信仰や神祇信仰、外来の仏教、道教が習合してできた大衆的な宗教とされ、呪験への期待によって民間に浸透しました。外来の影響としては仏教、特に密教のものが注目されますが、修験道には道教の要素も強く影響を与えています。

道教の宗教的展開の無かった日本では、山中修行者として修験道の行者、山伏等が仙人と混同、同一視されましたが、そこで求められるものも呪術性です。修験道における呪術は、修験者、行者、山伏等によって行使される、と想定されています。一般大衆は、修行者が身に付けた超常的能力によって現世利益がもたらされることを期待したのです。

道教の呪術性は日本の修験道にも積極的に取り込まれている、と前回も書きましたが、呪術性は忍者イメージの大部分を占める要素です。

忍者は、フィクションの中で印と呪文(真言)を用いて不可思議な超常現象を引き起こす存在としてそのイメージを固めています。印を結んで呪文を唱えると変身する、消える、飛行する等がそのイメージの代表です。その際に多く用いられる印や呪文は、修験道の代表的呪法である九字の呪法です。九字の呪法とは簡単に言えば、道教に由来する魔除けの呪文です。フィクションにおいては、九字の描写があれば超常現象が引き起こされます。大衆が忍者に対して、呪術的な超人というイメージを持ち、また、そういった存在であることを期待したためでしょう。忍者とは呪術的存在による超現実的な問題解決を肯定的に夢想した一つの完成形なのです。日本では修験道を介した道教的呪術が忍者のイメージ形成の一要素を担っています。

ちなみに、下出積與は日本に流伝してきた呪術で、日本側が歓迎した道教の方術は禁呪と符籙が中心だ、と指摘しています。禁呪は、災いを避けたり長生きするために必要な禁忌、おまじないを指し、符籙は、禁呪を具体的な物の形であらわしたもので、後のお守りやお札に当たり、これらは人間の自己保全の本能にぴったり合致したため、日本でもあちこちの文化に溶け込んだのだそうです。超常を呼ぶお札や巻物はフィクションでも忍者が使うアイテムとしてお馴染みですね。

 

 

2023年10月16日 中島慧

主な参考文献

重松明久『古代国家と道教』、吉川弘文館、1985年。

下出積與『道教と日本人』講談社、1975年。

宮家準編『修験道辞典』東京堂出版、1986年。

『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学研、2003年。

 

 

道教と忍者―ドロンと消える忍者の起源―

「印を結んで呪文を唱えるとドロンと消える」

忍者と聞いて思い浮かべるのはこのようなイメージではないでしょうか。忍者はフィクションの中でそのイメージを完成させていきました。

忍者イメージの中でも最も重要なポイントは超常的な忍術行使の場面でしょう。そんな忍術の元ネタは中国道教の仙術・道術にあったと考えられます。日本では道教は教団組織という方向では展開していませんが、道教世界観によって形成された呪術体系は日本でも修験道陰陽道に積極的に取り込まれています。

中国道教に存在する多数の呪術は、概して中国道教の中核である不老不死に至る手段、と言えるでしょう。代表的な呪術は護身や避災です。中国道教では、これらの呪術で身体を守り、その間に不老不死の仙人修行を行う、という工程が創造されています。これに対し、日本で受容・展開した中国道教の呪術からは、興味深いことに、この不老不死という目的は脱落し、目的に至る手段であるはずの呪術がほぼ単体で陰陽道修験道の中核をなすものとして存在しています。

日本では中国道教的な仙人は共感し難い存在であったようです。日本では中国の仙人観とは異なり、神仏と同一視されるような仙人像が形成されました。神仙譚も仏教説話に回収される傾向があります。

しかし、近世になると、怪異や呪術等の宗教的事象が娯楽として一般庶民の間で楽しまれるようになります。そこには仏教的でない仙人も登場できます。そしてそこで注目されるのは仙人そのものではなく仙術でした。呪術を駆使する仙人は、妖術師や忍術使いと同一視され、以降、フィクションに忍者が登場すると、そこに統合されていくのです。既存の説話等とは異なり仏教的解釈から自由で、視覚的インパクトの大きい呪術を用いる超人。このようなキャラクターは、近世江戸、幕末期にフィクションにおいて一ジャンルを築いた「妖術使いもの」、さらに、近代以降それを引き継いで発展する「忍者もの」の中で超常的な忍術を使用する忍者として登場します。現在に至るまで受け継がれている忍者の一般的なイメージはこの時期の文芸作品の中で創造され完成したものでした。

フィクションの忍者は、生身で超常的な呪術を駆使する存在です。日本では、中国道教的仙人の不老不死性は否定的に扱われています。しかし、超常的呪術の駆使という、もう一つの神仙的要素は残存しています。これが忍者という新たな存在の創造へとつながっていきました。仙人から不老不死性を脱落させると同時に、超常的な呪術のみを際立たせ、超常的呪術=忍術を使用する超人を創造したのです。つまり「印を結んで呪文を唱えるとドロンと消える」おなじみの忍者イメージの起源は仙人にあると言えるのです。

 

2022年7月6日 中島 慧

主な参考文献

一柳廣考監修 飯倉義之編者『怪異を魅せる(怪異の時空2)』青弓社、2016年。

窪徳忠『中国宗教における受容・変容・行容』山川出版社、1979年。

下出積與『道教と日本人』講談社、1975年。

松田智弘『日本と中国の仙人』岩田書店、2010年。

 

 

 

添添ちゃんのレベル講座その3

你好!添添ちゃんです。少し時間が空いてしまいました。”大家想我吗?”


もうすぐ、今年11月1日開講のレベル講座(無料)の締め切りです。ワタシと一緒に勉強したい人は登録してね。

 

今回はレベル5の問題です。中国の論説文では成語や古語がよく引用されますよね。今回は古語をどのように処理するのかという問題です。

 

【原文】
以守正而不守旧、尊古而不复古为前提,推动优秀传统文化实现创造性转化、创新性发展,让优秀传统文化与现代化进程相适应,对于促进各国现代化建设大有裨益。

 

【生徒Cさん】
守正だけども不守旧、尊古だけども不复古を前提として優秀な伝統文化を推進して創造的な転化を実現して各国の現代化建設促進に大いに役立たせるためにイノベーションを発展させ優れた伝統文化を現代化の進展に適合させる。

 

【添添ちゃんの採点】1.0点/3点
a"守正"、"不守旧"、"尊古"、"不复古"の未訳:-0.5 
b簡体字“复”の直し忘れ:-0.1 
c“实现”の目的範囲(“创造性转化、创新性发展”)の取り違い:-0.5 
d“创新性发展”は連体修飾語+名詞構造であることを認識していない:ー0.4 
f読点がないことで全体のフレーズに影響:-0.5 
合計:-2.0 

 

【添添ちゃんの模範訳】
正しきを守りつつも旧弊に囚われず、古い伝統を尊重しつつも過去に戻らないことを前提とし、優れた伝統文化が創造的転化と革新的発展を実現するよう推進し、それによって優れた伝統文化を現代化プロセスに適合させることは、各国の現代化建設促進に大いに役立つ。

 

次回を楽しみにしてね。

再见!

会員著書・訳書

而立会の会員による著書・訳書を紹介します。
中国語翻訳の教科書、中国の文化・経済などを紹介する本の訳書、中国の旅や都市の紹介などの著書、とバラエティ豊かな本があります。

以下、6つのジャンルに分けて紹介しています。

– 会員著書 而立会の一般会員による著書
– 「いま中国が面白い」 而立会会員協同による人民日報記事翻訳集。
– 会員訳書 而立会の一般会員による中国の本の訳書
– 三潴正道主要著書・訳書 而立会理事長、三潴正道の主要な著書・訳書
– 論説体学習テキスト 中国語論説体文章の翻訳を学ぶための学習テキスト
– 時事中国語の教科書 時事中国語をもとにした大学中級向けのテキスト

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間一髪でコロナをすり抜け、サンバの国へ。怒濤の出発篇

中日対照エッセイ1
而立会の中国人会員が中国語で書いたエッセイを、日本人会員が日本語に訳す、という中日コラボの試み。
第1篇はスリリングな南米旅行旅行記です。

南美之旅小记之一
阴京平

  2020年1月,世界最大新闻之一恐怕是武汉发生了新冠病毒传染病吧。2月中旬,停泊在横浜港的钻石公主号邮轮,开始发生船内病毒感染的消息更加引人注目,新冠病毒的疫情越发令人担心。但是,当时世界五大陆中唯一还没有一个新冠病毒感染的大陆是南美大陆。2月中旬的一天,一架从东京羽田机场经由德国法兰克福前往巴西首都里约热内卢国际机场的飞机顺利起飞了。我乘这架飞机开启了人生第二次南美之旅。

  此次南美之旅,在万事俱备只欠东风的时候,出现了新冠病毒疫情,出发前再三斟酌,是否按照半年以前早已策划好的日程出发,因为酒店、机票都早已购买好,同时此次南美之旅也是我一直拥有的一个梦想,所以,最终的结论还是按照原定计划出发。现在回想起来,真可谓有点冒险旅行。但此次的旅行可以说是不但实现了我的梦想,而且成了终生难忘的愉快旅行。

  从羽田机场出发时候的我,带着口罩,非常自然,没有任何违和感。抵达德国法兰克福机场转机的时候,进入机场没有一个人戴口罩,无论是乘客还是机场工作人员。入乡随俗,一下飞机非常胆大地把口罩摘掉,我知道德国当时刚刚发生几名新冠病毒感染者,而我只是在机场内转乘一下飞机。酒精消毒液随身携带,飞机上带上鞋套,小桌板、座椅、扶手、电视屏幕,所有的能触摸的东西都用酒精液认真消毒,这样内心也比较踏实。办理好转乘手续,等候起飞,看到和我同乘这一航班的乘客几乎没有亚洲人的面孔,大部分是南美人和一小部分欧洲人的面孔。上了飞机为了好好休息,还是带上了口罩,但真真切切地感到带口罩属于异类,因为没有一个乘客带口罩。欧美也好,南美也好,戴口罩就是病人,这是他们的传统观念。从法兰克福到里约热内卢,飞行时间大约11个半小时,看了3部电影,还迷迷糊糊睡了一大觉,感觉转眼飞机就安全抵达目的地了。

  虽然是时隔一年第二次来巴西旅游,想着马上就要看到向往已久的伊瓜苏大瀑布,参加里约热内卢狂欢节,有点抑制不住兴奋,终于平安抵达啦。飞机刚刚停稳,忽然传来机上英语广播,JPY女士,JPY女士,请马上和飞机乘务员联系。人生乘过无数次飞机,在下飞机之前被机上广播点名字,这可是头一次,我有些忐忑不安,但我也明白为什么被叫名字。因为上飞机之前,新冠疫情已经开始影响世界各地,中国和日本,都是有疫情发生的地方。我持有中国护照,我是此航班唯一的中国籍乘客。马上和附近的乘务员联系,跟随着乘务员几乎是第一个让我下了飞机。一下飞机,有三个工作人员在飞机门口等待,其中一位还推着一辆轮椅。真有点朦了,是要把我送进医院吗?我知道此时此刻在武汉,在钻石公主号上,新冠病毒感染还处于没有彻底控制住的状态,我可能被严格检查,出发前我已经做好了心里准备,并认真查看了巴西有关的入境规定,但这一下飞机就要送我去医院吗?我心里咯噔了一下。两位工作人员询问我从哪里来,检查我的护照,问我要了住宿酒店名称和我的手机联系电话,然后微笑着对我说,祝你旅途愉快!就放行啦。

  我虽然持有中国护照,但我定居在日本,有巴西的3年观光签证,而且在抵达巴西当天的前14天没有去过中国,完全符合巴西的入境规定。旁边那个推轮椅的工作人员是在等别的乘客,和我无关系。真让我虚惊一场,以为马上就让我坐轮椅送我去医院隔离呢,如果真是这样的话,计划已久的此次里约狂欢节和伊瓜苏大瀑布之旅就全泡汤了。

  此次旅行轻装上阵,没有带托运行李,只有小拉杆箱子一个,飞快地走到入境审查柜台,递上护照,巴西入境的检查官看了看我的签证,什么都没有问,就在护照上盖了入境章,然后说”OK!”。入境之前的小插曲,就这样结束了。做梦也没有想到,一个月后世界五大陆都开始爆发新冠病毒的疫情,真是要感谢上苍啊,让我顺利抵达巴西开启美好旅程。

  顺利入境啦!从身着羽绒服且寒冷冬季满街戴口罩的日本,到穿短袖短裙且炎热夏季没有一个人戴口罩的巴西,南美真是遥远啊,此时从羽田机场出发已经经过了27个小时了。2月的里约热内卢阳光灿烂,骄阳似火,还有一些湿热。接下来,我要参加全球最疯狂的狂欢节,里约热内卢狂欢节,去亲身感受世界上以服装之华丽,持续时间之长,彩车之大,场面之壮观堪称世界狂欢节之最的里约狂欢节。

  久负盛名的里约热内卢狂欢节吸引着大批外国游客,狂欢节为期四天,每年的2月中下旬举行,每年约有40万游客选中这个季节前来这个美丽的城市旅游。狂欢节不仅给巴西人带来了欢乐,并吸引了众多游客,促进了旅游业,刺激了经济,已成为巴西人生活中不可或缺的一个重要节日,狂欢节一年比一年更热闹。狂欢节、桑巴舞、同足球一样,已成为巴西的象征。

  不过在参加狂欢节之前,我还要先乘飞机先前往阿根廷,去看世界自然遗产,伊瓜苏大瀑布。伊瓜苏瀑布是南美洲最大的瀑布,位于巴西和阿根廷两个国家的交界处,并跨越两国,是世界五大瀑布之一。瀑布呈马蹄形,宽约4千米,平均落差75米。巨流倾泻,气势磅礴,有如一个大海泻入深渊。

  难以忘怀的南美之旅,小记未完,抽时间还将会把小记继续写下去。

记于2020年8月



南米旅行記 その1
陰京平

 2020年1月、武漢新型コロナウイルス感染症が発生し、おそらく世界で最も大きなニュースの一つとなった。

 次いで、日本では2月中旬に横浜港に停泊していたクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の船内で感染者が発生し始めたというニュースがさらに注目を集め、人々はいよいよ新型コロナウイルスへの警戒を強めた。

 だが、当時、南アメリカは世界の五大陸のうち、唯一まだ新型コロナの感染者が一人も出ていない地域だった。

 そんな2月中旬のある日、南米行きの飛行機が1機、羽田空港を離陸した。フランクフルトを経由し、ブラジルの主要都市であるリオデジャネイロ国際空港に向かうのである。私の人生2度目の南米旅行はこの飛行機に乗りこむことから始まった。

 


 旅行の準備が全て整い、後は出発を待つだけになった頃、新型コロナが流行し始めた。

 半年前から立てていた計画どおり旅行に出かけるべきか否か、もちろん私は熟慮を重ねた。だが、ホテルや航空券は既に予約していたし、今回の南米旅行は私の長年の夢でもある。最終的に私はやはり予定通り出発することに決めた。

 今から考えてみると間一髪だったといえよう。だが、夢がかなったばかりか、私にとって一生忘れることのできない楽しい旅となった。

 


 羽田空港を発つとき、私は何の疑問もなく、ごく自然にマスクを着けていた。ところが、フランクフルト空港に到着した飛行機から下りると、乗客や空港職員も含め、空港中に誰ひとり、マスクをつけた人はいない。

 郷に入れば郷に従えと、私は思い切ってマスクを外した。

 当時ドイツでは新型コロナウイルス最初の感染者が数名出ていたが、私はフランクフルトではトランジットをするだけだ。アルコール消毒液を携帯し、飛行機内ではシューズカバーをつけ、テーブル、座席、手すり、個人用モニターなど、体が触れるあらゆる物をアルコールで丁寧に消毒すれば十分に思えた。

 トランジットの手続を済ませ離陸を待つ間、同じフライトに乗る乗客達を見ると、アジア人の顔はほとんど見られない。大部分が南米人で、ヨーロッパ系の人も一部いたようだ。

 機内では、ゆっくり休むため、またマスクを着けてみたが、他にマスクを着けている乗客は一人もおらず、自分が完全に周りから浮いているのを感じた。欧米人にしろ、南米人にしろ、マスクを着けるのは病人だけというのが彼らの伝統的な観念なのである。

 フランクフルトからリオデジャネイロまでの飛行時間は約11時間半。映画を3本見てうつらうつら寝ていたら、目的地上空まではあっというまだ。

 


 1年ぶり2回目のブラジル旅行である。もうすぐあのイグアスの滝を見られる、リオのカーニバルにも参加できると思うと、抑えようもなく期待が高まる。そんな中、飛行機は無事に着陸した。

 機体が停止すると、突然英語の放送が流れた。

 「ミスJ・P・Y, ミスJ・P・Y、すぐに乗務員にご連絡願います」

 人生で数えきれないほど飛行機には乗っているが、降りる前に機内放送で名前を呼ばれたのは初めてだ。いささか不安になったが、なぜ名前が呼ばれたかはわかっていた。

 新型コロナは世界の各地に影響を及ぼし始めており、中国と日本はどちらも感染者発生地域となっている。私のパスポートは中国のもので、おそらくこのフライト中唯一の中国籍の乗客だったろう。近くにいた乗務員に声をかけると、私はほぼ一番初めに飛行機から降ろしてもらえた。

 乗務員に付き添われて飛行機の外に出ると、ドアのところに三人の係員が待ち構え、そのうちの一人は車いすまで用意している。私は唖然とした。まさか病院に連れて行かれるのだろうか?

 その頃は、武漢やダイヤモンドプリンセス号で発生した新型コロナの感染がまだ完全には抑えられていなかったから、出発前から、厳重な検査を受けるだろうと心の準備はできていたし、ブラジルの入国規定もよく読んではいた。

 だけど、空港から直接病院に送られるの? 心臓が急にドキドキし始めた。だが、二人の係員は出発地を尋ね、パスポートをチェックし、宿泊ホテルの名前と携帯電話の番号を聞くと、微笑みながら、

 「どうぞ楽しい旅を!」と言って私を解放してくれた。

 


 中国のパスポートを持っているとはいえ、私は日本に定住しているし、ブラジル側からみれば、3年間有効の観光ビザもあり、到着以前の14日間に中国に行ったこともないのだから、入国規定に照らして全く問題がなかったわけである。

 実は、傍にいた係員が車椅子を用意していたのは別の乗客のためで、私とは無関係だった。車いすに載せられて即病院行きかと本当に冷や汗をかいてしまった。もしそうなったら、リオのカーニバルイグアスの滝も、かねてからの計画が全て水の泡になるところだった。

 


 今回の旅行はキャリーケース一つの軽装で出発したので、荷物のピックアップは必要なかった。私は入国審査のカウンターへ飛んでいき、パスポートを見せた。ブラジルの入国審査官は私のビザをちらっと見ただけで、何も聞かずに入国スタンプを押し、

 「OK!」と言った。

 入国前のちょっとしたエピソードはこれで終わり。まさか、その1か月後に世界の五大陸全てで新型コロナの感染が爆発するとは、この時点では全く予想できなかった。無事にブラジルに到着し、素晴らしい旅行をスタートさせてくれた神様に感謝だ。

 


 無事に入国! 街中マスクだらけの寒い冬の日本ではダウンを着ていたが、熱暑のブラジルでは半袖にショートスカートだ。もちろんマスクをつけている人はいない。それにしても、南米は本当に遠い。羽田空港を出発してから既に27時間が経っている。

 2月のリオは太陽が燦燦と降り注ぎ、陽光は火のように熱く、蒸暑くもある。その中でこれから、世界で最も熱狂的なカーニバル、リオのカーニバルに参加するのだ。衣装の華麗さ、祭典期間の長さ、パレードの山車の大きさ、壮観な光景、どれをとっても世界のカーニバルの最高峰の名に恥じない、リオのカーニバルを生で体感するのである。

 


 名高いリオのカーニバルを目当てに外国の観光客も大勢やってくる。毎年2月の中・下旬に4日間にわたって開催されるカーニバル。毎年約40万人もの観光客が、この季節、この美しい街を目指してくる。

 カーニバルはブラジル人の喜びであるばかりでなく、多くの観光客を惹きつけて観光業を発展させ、経済を活性化させてもいる。もはやブラジル人の生活にとって欠くことのできない重要な祝祭日であり、その賑やかさも年々増しているようだ。カーニバルはサンバやサッカーと同様にブラジルの象徴となっているのである。

 


 ところで私は、カーニバルの前にまず飛行機でアルゼンチンに飛び、世界自然遺産であるイグアスの滝を見ることにしていた。

 イグアスの滝はブラジルとアルゼンチンの境界に位置し、両国をまたぐ南米最大の滝であり、世界五大瀑布の一つである。馬蹄形をした幅約4キロ、平均落差75メートルの滝で、巨大な急流が勢いよく流れる様はまるで海が深い淵に流れ込んでいるようだ。

 


 忘れがたい南米の旅の物語はまだ続く。また時間を見つけて旅行記の続きを書きたい。

2020年8月  (笠原寛史 訳)