アイコンとしてのカエル④

中国と日本における蛙・蝦蟇に対するイメージ、認識の差というものの大き
さが良く分かるものとして「青蛙神」があるでしょう。
中国おいて青蛙神が扱われたものとして、蒲松齢 『聊斎志異』があり、こ
の中で青蛙神は粗末に扱うと祟るが、主に財をもたらす神として概ね肯定的に
描かれています。これに対して、日本では中国の伝承である青蛙神を扱いなが
らもこれとは異なる結末をもたらす作品があります。
日本では、岡本綺堂が『青蛙堂奇談』と舞台『青蛙神』を書いているのです
が、綺堂の描く青蛙神は不吉をもたらす神であり、青蛙神の話は怪談です。蒲
松齢、岡本綺堂は、共に奇談として青蛙神を扱うのですが、蒲松齢は『聊斎志
異』で御馴染みの異類婚類譚をベースにした上、最終的に青蛙神は現世利益を
もたらすという、実在する青蛙信仰を肯定する結末なのに対して、綺堂の青蛙
神は青蛙神の置物で、この置物が不気味な存在として機能します。綺堂版青蛙
神では、怪異の発生は青蛙神に帰結するため、青蛙神が不吉の象徴になります
。
両者の青蛙神の扱い、印象が異なるのは、蒲松齢の小説は青蛙神の信仰が前
提にあり、「青蛙神=蛙・蝦蟇にまつわる不吉な印象が中国には無い」のに対
し、岡本綺堂は戯作を引き継ぐ作家であり、日本での蛙・蝦蟇の印象は、前提
とされるような日本独自の信仰が薄いため、読本、合巻の描写から蛙・蝦蟇へ
の不吉な印象が定着しているので、中国の青蛙神という財をもたらす神をモチ
ーフにしていても「蛙・蝦蟇=不吉」という前提が前面に出るためです。
日本において蝦蟇(蛙)は小説・漫画・映画・演劇等様々なジャンルを通し
て「不吉」なイメージを獲得していきました。そしてそこには「蝦蟇の妖術使
いもの」という大きく流行した特定のジャンルが存在しています。蝦蟇はその
「蝦蟇の妖術使いもの」が「忍者もの」へと変遷していく中で、「邪悪」とか
「不吉」などといった怪しいイメージをもつ動物として超常的に描かれ、また
、「忍者」の超常性を表すマスコットとして用いられていくのでした。
中島慧






