道教と忍者⑯

アイコンとしてのカエル④

         

 

 中国と日本における蛙・蝦蟇に対するイメージ、認識の差というものの大き
さが良く分かるものとして「青蛙神」があるでしょう。
中国おいて青蛙神が扱われたものとして、蒲松齢 『聊斎志異』があり、こ
の中で青蛙神は粗末に扱うと祟るが、主に財をもたらす神として概ね肯定的に
描かれています。これに対して、日本では中国の伝承である青蛙神を扱いなが
らもこれとは異なる結末をもたらす作品があります。
日本では、岡本綺堂が『青蛙堂奇談』と舞台『青蛙神』を書いているのです
が、綺堂の描く青蛙神は不吉をもたらす神であり、青蛙神の話は怪談です。蒲
松齢、岡本綺堂は、共に奇談として青蛙神を扱うのですが、蒲松齢は『聊斎志
異』で御馴染みの異類婚類譚をベースにした上、最終的に青蛙神は現世利益を
もたらすという、実在する青蛙信仰を肯定する結末なのに対して、綺堂の青蛙
神は青蛙神の置物で、この置物が不気味な存在として機能します。綺堂版青蛙
神では、怪異の発生は青蛙神に帰結するため、青蛙神が不吉の象徴になります

 
両者の青蛙神の扱い、印象が異なるのは、蒲松齢の小説は青蛙神の信仰が前
提にあり、「青蛙神=蛙・蝦蟇にまつわる不吉な印象が中国には無い」のに対
し、岡本綺堂は戯作を引き継ぐ作家であり、日本での蛙・蝦蟇の印象は、前提
とされるような日本独自の信仰が薄いため、読本、合巻の描写から蛙・蝦蟇へ
の不吉な印象が定着しているので、中国の青蛙神という財をもたらす神をモチ
ーフにしていても「蛙・蝦蟇=不吉」という前提が前面に出るためです。
日本において蝦蟇(蛙)は小説・漫画・映画・演劇等様々なジャンルを通し
て「不吉」なイメージを獲得していきました。そしてそこには「蝦蟇の妖術使
いもの」という大きく流行した特定のジャンルが存在しています。蝦蟇はその
「蝦蟇の妖術使いもの」が「忍者もの」へと変遷していく中で、「邪悪」とか
「不吉」などといった怪しいイメージをもつ動物として超常的に描かれ、また
、「忍者」の超常性を表すマスコットとして用いられていくのでした。

 

中島慧

道教と忍者⑮

アイコンとしてのカエル③

           
中国における蝦蟇・蛙について


 蝦蟇の妖術の大元である中国の神話・伝承において、蝦蟇(蟾蜍)・蛙は、
月・不死の象徴・薬・富に結び付く存在です。
 蝦蟇が伝説化された一つにはその薬効があると思われます。それは「蟾酥」
と言い、『本草綱目』『宋書』等に記載されています。また、『神農本草経』
では「蝦蟇」をそのまま薬として使用する使用法が記載されており、腫物に効
くとされています。なお、『本草綱目』には千年生きた蝦蟇を食べると仙人に
なれる、という説も載っています。
 蟾酥は、ヒキガエル科のヒキガエル、シナヒキガエルまたはヘリグロヒキガ
エルの耳後腺および皮膚腺の分泌物です。強心作用、局所知覚麻酔作用、呼吸
促進作用、血管収縮作用、発汗防止作用、切り傷や擦り傷の止血、幻覚作用な
どがあるとされており、蝦蟇には見かけから想像された空想上の効果(思い込
みのような効果)のみでなく、蝦実際の成分による薬理作用があるようです。
 このように蝦蟇は、実際に薬効を持った生物ではありますが、それ以上に蝦
蟇を神秘的な生物として扱うのは、「月=不老不死=不死の薬」と蝦蟇を結び
付ける伝説があるためでしょう。
 それは『淮南子』巻六覽冥訓に「羿請二不死之藥於西王母一、姮娥竊以奔レ
月」 とある、嫦娥奔月の物語です。「嫦娥奔月」は不死となった嫦娥は蟾蜍
になって月に住む、また、月に住む蟾蜍は三本足の蟾蜍であるとされ、青蛙神
という蟾蜍の霊獣、または神であるとも言われています」。さらに青蛙神は、
漢江から長江、杭州で信仰される天災を予知する、縁起のいい福の神、金運を
もたらす神であるとも言われています。ちなみに、中国全土に生息し体色の個
体差の大きさを特徴とするチュウカヒキガエルを神聖化したものが青蛙神であ

る、と考えられています。

 

中島慧


主な参考文献
上海科学技術出版社、小学館編『中薬大辞典』第三巻、小学館、一九八五年。

道教と忍者⑭

アイコンとしてのカエル②

      


「ガマ」について


 日本の江戸末期に流行した、読本・合巻といった伝奇小説によっておなじみ
となった蝦蟇の仙人、蝦蟇の妖術ですが、これらの発想はどこからきたのでし
ょう?
 蝦蟇の妖術は、中国の蝦蟇仙人に着想を得た近松門左衛門が、浄瑠璃『傾城
島原蛙合戦』で用いたのに始まるとされています。 それについて、たとえば
須永朝彦は、蝦蟇の妖術について、伝承や説話、俗信などとの関連性の低さ、
その創作の占める割合の多さについて以下のように指摘しています。


  蛇・蜘蛛・鼠などの妖術は未だに民俗の根に繋がるところ少なしとせぬが、蝦蟇の 

  妖術にはそれが稀薄であり、新参の臭いがする。ついでに言えば、蛇の妖術など

  は、蝦蟇の妖術が登場した後に、〈蛇は蛙の天敵〉とする民俗伝承に則って、後追い

  の形で出てきたかの如くである。


 このように考えると、蝦蟇の妖術は、日本における神話・伝説・伝承・俗信
に由来するような動物(あるいは生き物)の超常性・神秘性の発揮からはある
程度自由な描写が可能であった、と思われます。
中国における蝦蟇の神話・伝承に対して、日本では蛙は、地域的な信仰にお
いて、田の神や水に結び付くこともある生物ではあります。
 さらに、蝦蟇に対する神秘的な期待は日本にも存在しています。その代表的
な存在は、四六の蝦蟇、筑波山の蝦蟇の油でしょう。四六の蝦蟇とは、つまり
は普通の蝦蟇なのですが、蝦蟇の油売りの口上では特別な蝦蟇とされています
。ですが、蝦蟇の油売りの口上には、薬効以外に刃物に塗ると切れ味を止める
という特徴的な効果協調されていますね?これは、蝦蟇の薬効そのものとは無
関係で「蝦蟇によって兵を避ける」と『山海経』等にそのような記述があるた
め、と考えられるので、これは結局中国由来の蝦蟇信仰の一形態と言えるでし
ょう。
 このように、蛙・蝦蟇に対する伝承等は日中ともに存在していましたが、中
国では特別な蛙や蝦蟇は道教的世界観の一部として機能していったのに対し、
日本では特別な蛙や蝦蟇は文芸世界の存在となっていったのです。

 

中島慧


主な参考文献
須永朝彦訳『報仇奇談自来也説話/近世怪談霜夜星』現代語訳・江戸の伝奇小
説⑤、国書刊行会、二〇〇三年。

道教と忍者⑬

アイコンとしてのカエル①

         

      

 

フィクションにおいて呪術的な忍術を駆使する超常的存在として登場する忍
者は、史実的に描かれる忍者と比べると、評価されにくく、また考察の対象に
もなりにくい、ということは以前述べましたが、それと同じように「リアル志
向」の忍者・忍術研究では取り扱われないものとして、「忍者のアイコン」が
あると思われます。それは「カエル(特に蝦蟇)」です。
 フィクションの忍者といえば、よく「カエル」が一緒に描かれていますよね
?どうして忍者にはカエルがつきものとされているのでしょうか。
私は日本における忍者の源流には、中国道教世界観的な仙人がある、と主張し
ているのですが、忍者の「アイコン」あるいは「マスコット」である「カエル
」についても中国道教世界観にさかのぼれると考えます。
 先に述べたように、日本における忍者ものの確立は、江戸末期に流行した、
読本・合巻といった伝奇小説に始まっており、お馴染みとなった「蝦蟇の仙人
」「蝦蟇の妖術」=忍者とカエルの関係性の始まりもここにあると言えるでし
ょう。
 蝦蟇の仙人や蝦蟇の妖術は、中国においては、先行してあった道教的信仰を
土台に形成されたものなので、蝦蟇仙人もまた、道教的信仰の対象として機能
することを前提に物語化されたものと言えます。対して、日本においては、蝦
蟇の仙人や蝦蟇の妖術は、中国の道教的、神仙的世界観を背景・下地にしなが
らも、日中どちらの宗教的世界観とも直接つながらない、文芸の世界にしか存
在しないものです。
そのために、日本の文芸世界において蝦蟇の仙人や蝦蟇の妖術は、道教的世
界観の中で生まれた呪術を種として用いながらも、根本的な道教的宗教性から
は断絶した無関係な存在となり、自由に想像・描写できる対象として機能し続
けた、と考えられるでしょう。
また、そのために「妖術使い」ものの延長にある「忍者」においても、「カ
エル(蝦蟇)」は、「不老不死」を象徴する動物として仙人と関わる、といっ
た道教的含意とは無関係に、忍者に付随する「アイコン」または「マスコット
」的動物として選択され続けるのです。

 

中島慧

「花菫茶話」由来之「スミレ物語」

 

筆者前言

これから、当会の創立者であり現在の名誉会長である三潴正道麗澤大学名誉教授のエッセイ「花菫茶話」を、不定期に連載していきます。

 

今日は、なぜ「花菫」なのか、その由来となったエッセイをご紹介します。

(下の写真は残念ながら麗澤大学ではなく、東村山市にある全生園の桜を今年筆者が撮影したものです)

桜の道


スミレ物語                            三潴正道

 

 

毎年春サクラが咲き誇るその時期に、申し合わせたようにスミレが花を咲かせます。

麗澤大学はサクラの名所としても知られていますが、そのサクラ並木でも、毎年サクラの根元に沢山のスミレが咲きます。

 

しかし、行き交う人はともすればサクラにみとれ、スミレには気がつきません。時には踏みつけてしまうヒトさえいます。

 

その上、サクラは数日で散り始めます。花びらが地上に散り敷き、おかげでスミレの花はまったく目立たなくなります。それを目の当たりにし、スミレの気持ちを思い、毎年やりきれない気持ちで一杯でした。

 

ある年、一本の枯れたカエデの洞にスミレが芽吹きました。地上八尺はあるでしょう。実に誇らしげに花をつけていました。

「まあー珍しい!」行き交う人も目に留めます。もうサクラの花にもヒケを取りません。

 

三年過ぎたある日、強風が吹き、朽木はドウと倒れました。洞は木っ端微塵に砕け、スミレも地上に投げ出されて、八尺を超える根があらわになりました。

思うに必死に地上から養分を吸い上げていたのでしょう。しかし、所詮は他力本願だったのです。

 

翌年、朽ち木のあった根元に沢山のスミレが咲きました。あのスミレの子供たちです!

散り敷いたサクラの花びらが雨に消えても、スミレは逆にしっとりと色鮮やかに咲き誇り、人々の目を惹きつけました。

 

絢爛と咲き誇り、惜しげもなく散っていくサクラの花も素晴らしいのですが、地上のスミレのように地道に力強くしっかりと根を張る息の長い命もまた素晴らしい。

その上でそれぞれが自分なりの咲かせかたをできればなんと素晴らしいことでしょう!

すみれのイラスト(花)

 

道教と民間宗教、そして忍者と武侠

 

風神雷神


風雨陽光さだめない日々、いかがお過ごしでしょうか。

本ブログの連載、「道教と忍者」をお楽しみいただけていることと思います。

 

最近日本ではほぼ見かけませんが、半世紀ほど前までは、忍者小説、忍者映画、忍者ドラマ、忍者漫画などの名作が目白押しでした。

 

秘伝書を読んで修行してとか、巻物を咥えて九字を切ると不思議の術によって……とか、非常にファンタジックなものが多かったと思います(もちろん、白土三平の『カムイ伝』に代表されるリアリスティックな作品もあったことは忘れていません)。

 

忍者モノのファンタジックな描写を裏付けていたのが実は道教であるというのが、「道教と忍者」の趣旨であります。

 

忍者モノが廃れるにつれ、「道教」というものも日本人の視界から外れていき、「道教」に対して、「なにそれ?」という反応が返ってくることも多い昨今です。

 

台湾などにおいては言うに及ばず、中華人民共和国においても、道教はいまだ廃れていないように見受けられます。日本の神道同様に、仏教や呪術、シャーマニズムその他と混交習合した民間宗教になりはてている面は否定できませんが。

 

この面では最近、大谷亨『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』(NHK出版。2025年)を読みました。軽妙な語り口でヘンな神々のことが学問的裏付けとともにたくさん書いてあり、読みながらもう大興奮でした。

 

一方、中華圏でいまだに武侠モノ作品が元気であることは、上記のような精神性と関係があると思われ、こちらも好物であります。

 

ついに訳本が完結した、梦溪石(訳本でも姓が簡体字のままというのは不思議ですね)著・高階佑訳の『千秋』(日販アイ・ビー・エス株式会社、2026年)を読みました。武侠BLですが、南北朝時代の終焉と隋の建国をめぐる歴史と、剣豪たちのファンタジックな技がないまぜに語られており、作者はなみなみならぬ筆力の持ち主(もちろん訳者も)と感じました。

 

この物語でも、秘伝書(かつての忍者モノに度々登場したアレ)が重要な役割を果たしています。いったんは武功の全てを失った主人公が元来以上の力を取り戻すために、そしてなぜか愛を証す贈り物として。

 

最後の一行がおしゃれでした。

道教と忍者⑫

忍者ブームの変遷と忍術イロイロ④

   

   

 

「視覚的なインパクト」と言えば、やはり映画の他にマンガがあるでしょう。「
忍者ブーム」分析においても、一連の忍者マンガが対象に挙げられています。
 その際に良く代表的作家として肯定的に挙げられるのは、白土三平と横山光輝な
のですが、それは大正の「立川文庫」の流れをくむ忍者マンガと異なり「リアルで
重いテーマ」や「体術としての忍法」をメインに据えた作品として評価されるため
です。
 例えば、秋田孝宏は、それまでの猿飛佐助などの忍者を「何でもできるスーパー
ヒーロー」とし、これらが登場するマンガについても「魔法のような忍術合戦」と
する一方、白土作品に登場する忍術については「魔術ではなく、厳しい訓練によっ
て身に着けた体術としての忍法」とし、「何でもあり」な忍術ではなく、科学的な
忍術を使用する点を評価すべき点として挙げ、また、重いテーマといった人間性を
重視したストーリーも評価しています。

 このような傾向は映画でも見られます。例えば、秋本鉄次は忍者映画をスパイ映
画として捉えた上で分析しているのですが、秋山はマンガ分析と同様に、忍術では
なく忍者そのものの在り方、描かれ方に注目しているため、「荒唐無稽」な忍術を
多用する映画を子供向けと切り捨てる一方、ストーリー性を重視し一応は科学的に
解釈できる「リアル」な忍術を用いる映画を大人向けとして評価しています。
大正・昭和期における「忍者ブーム」分析においては、忍者は大きく言うと時代
を反映する存在として評価されます。これは、忍者の史実的側面を重視する評価の
一つでしょう。このような評価の方向は、先で挙げた『万川集海』の作者が史実の
忍者(「忍び」)の地位の底上げを計るために「正心」等の精神性を特に強調した
り、忍者を自称する人々、例えば藤田西湖等が忍術の実践性を強くアピールしたの
と同様の方向です。つまり、彼らは「忍者ブーム」を解釈するにあたって、フィク
ションの中の存在である忍者が持っている様々なイメージから、忍術(=呪術的技
術)の使用者という従来のイメージが持つ一側面をできる限り排し、忍者とは「忍
び」という職業人である、というイメージを積極的に受け取り、評価しようとした
のです。
 しかし、本当に「忍者ブーム」発生の本質とは、社会背景の忍者への投影である
、と断定して良いのでしょうか。何故なら、忍者という単語からイメージされるの
は、現実の世界に実在したとされる「忍び」達では無く、人間離れした忍術を使用
する、主にファンタジー的世界観を持つ作品群で活躍するキャラクター達の姿だか
らなのです。

 

中島慧


主な参考文献
『忍者と忍術―闇に潜んだ異能者の虚と実』歴史群像シリーズ71、学研、2003年。